神戸・教諭暴力事件/上尾との共通点は?

 神戸市立東須磨小学校の教諭4人が、数年間にわたり、同僚の若手教員4人に対して集団いじめ・暴力行為・パワハラ・セクハラ行為を繰り返し、うち1人を休職に追い込んだという事件が表面化しました。
今回は、この事件について、「上尾で起こらないとは言えない」という視点で考えてみたいと思います。

記事No.36

■事件の要因は重層的なもの
 神戸の事件は、多くのメディアやネットで、相手が嫌がる様子を写した動画も含めて流されていますが、事件の全体をおおむね伝えているのは、こちらの記事だと思います。
事件に対しては、識者や世論の大半の意見が「刑事事件なので厳罰に処すべきである」というものであり、また、加害者が「有給休暇」で給与が支払われていることに市民からも批判が噴出し、神戸市長も急遽給与の差し止め条例を市議会に追加提案するという事態になっています(10/28議案提出、10/29成立見込)。

 では、なぜこのような事件が実際に起きたのでしょうか?

 まず、事件の要因として言われているのは、前記事のコメントでも言及されたように、「神戸方式」と呼ばれる、校長同士が相談して、気に入った先生を引き入れ、それを教育委員会に追認させるといった特殊な人事異動システムです。つまり、異動してきた者が、校長の威厳を笠に着て他の職員に強く出る、という構図です。

 言われているように、この「神戸方式人事」が事件の要因となっていることは間違いないでしょう。校長が後ろ盾になっていれば、引っ張られた教員の発言力も増すでしょうし、強く言われた相手が校長に「直訴」しても、校長は味方になってはくれないでしょう。

 さらに、事件に至る要因は次のようなことが考えられます。

*加害者とされる4人の教諭は、学校では「いじめ担当」や「学年主任」、「若手教員への指導役」などを担っていたこと(=主任制や校務分掌など、校内での職員の序列化の問題

*東須磨小は、2017年度に人権教育推進の「研究指定校」となっており、当時の校長が、小学校教員でつくる「人権教育部会」セミナーに積極的に参加していた主犯格のひとりである男性教諭を「神戸方式」で同校に赴任させたと指摘されていること。
(=「研究指定校」の弊害の問題

*現校長も前校長も、同じ学校で教頭から校長になっていること。
(=教頭時代から職員室での加害者の行状を知っており、そのまま校長になったのであれば、加害者には強く指導できないこと)

*被害者の教諭が昨年度、当時の校長に被害を訴えたが、逆に「お世話になっているのだろう」と威圧されたばかりか、逆に被害者に対して高圧的に叱責したり、飲み会への強要などのハラスメントがあったと指摘されていること。
また、複数の同僚教員がこの問題に気づき、昨年度の校長に訴えたが、加害者グループが校長からその指導力を評価されていることなどから、<事実上もみ消しがあった>と指摘されていること。
(=校長の資質の問題

(追記)
 各新聞等報道によれば、神戸・東須磨小の前校長は、現在「体調不良」で休んでいますが、11/1 付けで市教委事務局に異動になる見込みだそうです。何か都合が悪くなると、市教委に「かくまう」のは、常套手段です上尾でも、校長や教頭に何かあれば、市教委事務局にいる「待機組」が着任するのは、市教委内部での言わば「常識」です。
つまり、たえず余剰人員を抱えているとも言えます。

*市の教育委員会事務局の指導主事と、現場の校長の親和性が極めて高いこと。(=指導主事と校長との「ズブズブの関係性」の問題

 こうした重層的なことが、今回の神戸の事件の要因として挙げられますが同様の事件が上尾で起きないとも限らないという視点から考えていきたい思います。

■一般教職員の声は校長や教委に届いているか
 上尾の小・中学校で「日々子どもたちと向き合って授業をしている先生たちの生の声が、果たして市教委に届いているのか」という問いに対しては、残念ながら現状では
“NO” と言わざるを得ません。

 たとえば、2019.03.06の上尾市議会「文教経済常任委員会審査」において、次の質疑がされています。

◆委員(糟谷珠紀)  上尾市では既に中央小学校でタブレット端末を入れて、LAN環境も整備されているところで、実証実験みたいな形で先行してやってきたと思います。これを使っている現場の教員の中で、例えばそれが研修時間がすごく多くて大変だとかいう声は届いているのかどうか(お伺いします)。

◎副参事兼指導課長(瀧沢葉子)  指導課です。まず、教職からそういう声は届いているかということについては、届いておりません

 このやりとりから何がわかるでしょうか。

 糟谷委員が「現場の教員の声が(市教委に)届いているか」という質問に対して、瀧沢指導課長(今年度は学務課長。以前は校長)は、「届いておりません」と答えています。これは「現場の教員の声は、各学校の校長が把握したうえで、市教委事務局に伝える」という、言わば校長と市教委との間での<了解>に基づいての答弁と言えます。つまり、現場の声は校長を通じてしか市教委には届かないし、もし校長が言わなければ、現場の声は反映されないということになります。

 そこで問題になるのは、瀧沢課長もそうですが、上尾市教委事務局には、校長であった者が指導課長やら学務課長やら学校教育部長に就いており、最後に退職する際には(退職金をどこが支払うかということがあるので)学校現場に戻るという、言わば<親和的システム>とでも呼ぶべき仕組みが出来上がっていることです。すなわち、校長は市教委事務局に異動する可能性があるので、自分に不利にならないように立ち振る舞うことになります。

 先の上尾市議会「文教経済常任委員会審査」のやりとりで、「現場の先生の声が届いていない」というのは、「校長からそのような話を市教委事務局は聞いていない」という意味なのです。もし、学校現場の先生から質問なり要望があったとしても、校長がそうした声を市教委事務局に伝えることは、まず無いでしょう。

なぜなら、校長と市教委事務局とは「ズブズブの関係性」となっており、これは上尾も神戸も同様だと思われます。自分が市教委事務局に異動したときのことを考えれば、現場の要望をそのまま伝えることは「自分で自分の首を絞めることにもなりかねない」と校長が考えても、決して不自然ではないのです。

 市教委事務局と校長との関係性が以上のようなものであれば、神戸のような事件が起こっても、最初から全てを校長が市教委に伝えるとは思えません。上尾と神戸の「近似性」が指摘できる所以です。

■「研究指定」の弊害
 神戸の事件で、「やはりそうなのか、上尾と似ているな」と思わ
せることに、「研究指定」の弊害の問題があります。
東須磨小は、2017年度に人権教育推進の「研究指定校」となっており、当時の校長が、主犯格の男性教諭を、人権教育に熱心であるという理由で同校に赴任させたと指摘されています。

 事件を見ても明らかなように、残念ながら「人権教育を推進している者自身が、人権感覚を持ち合わせているわけではない」というのが実態です。いくら人権教育に熱心であっても、加害者としてとった行動は常軌を逸しており、人間としても許されない行為です。

 上尾では毎年、市内の学校数(33校)の3分の1にあたる11校が強制的に何らかの研究指定の発表をさせられています。
3年に一度と言いますが、発表の前年はプレ発表ということですから、たえず「研究指定」のプレッシャーに晒されています。

 また、「指導」に各学校に来る「指導主事」は、たとえば小学校の経験しか無いにもかかわらず、中学校のベテランの先生を「指導」するといった、<指導主事の資質の問題>も指摘できます。

 とにかく、学校現場に余裕を与えない」「校長が何も言わないので、現場の不満や要望など無い」というのが、今の上尾市教委の姿勢であり、教員の長時間労働を(表面的な対処療法ではなく)根本から解決しようとしない教育行政となっているのが現状なのです。

■上尾で必要なことは
 今記事で述べてきたように、事件の要因は複合的なものになっています。では、神戸のような事件が起きないようにするためには、上尾ではどうしたらよいのでしょうか。

(1) 自由にものが言える雰囲気が大切
 教員にとって大切なのは、一にも二にも授業です。校長や教頭は担任として子どもたちの前に立つことはありません(自ら放棄したとも言えます)。学校で最も重要なのは、いかに教員が自由な雰囲気で、しかも余裕をもって子どもたちに向き合えるかなのです。その意味で、学校内での「権威の序列」は必要ありません。校長はあくまでも「職務上の上司」であり、教頭はその補佐役です。
 学校で目指すべきは、「わかる授業」をいかに教員が他の職員とつくりあげることができるか、ということではないでしょうか。

(2) 強制的な「研究指定」を、選択制にすること
校長はその親和性から、市教委事務局が言うことに唯々諾々と従います(情報公開請求で検証済)が、強制的な「研究指定制度」が無くなったとしても、学校は少しも困りません。
校内でお互いに授業を見せ合い、ともに学ぶ必要があることは否定しませんが、その際、「指導者」を呼ぶのでしたら、学校側が選んだ方を呼べばよいのです。
同様に、強制的な「研究指定」などは止めて、希望制にすれば良いのです。「指導主事」がその指導力を見せたいのであれば、手本となるような「世界一受けたい授業」を実際にやって見せることです。
(上尾の指導主事の中にそんな人がいるとは思えませんが)

(3) 学校にもっと余裕を
学校が忙しい根本的な原因は、学校に対する市教委事務局の関与が多すぎる点です。市教委事務局の関与を極力減らすことが、真の意味での「働き方改革」に結びつきます。
また、文科省で定めている年間授業数よりも大幅に授業時間数が超過している現状も何とかする必要があります(これに関しては後日別記事でお伝えします)。
さらに、6年前に夏休みを1週間前倒しをしたことの検証をすべきです。とりわけ、教職員が休みづらくなったというアンケート結果があったはずなのに、それについての検証がおこなわれていません。
夏休みを短くして、「授業数の確保」ばかり言う市教委事務局も、例えば2学期の始業式を8/29に改めるなど、自らの方針を考え直す時期なのではないでしょうか。

 今回の神戸の事件を契機に、上尾市教育委員会としても、上尾でも起こりうる事件であるという観点から
教育行政を見直すことが必要だと考えます。

上尾市教委の不都合な真実 その13

 市民として到底看過できない池野教育長の行状について、9月の定例教育委員会の会議を非公開にして「審議」したにもかかわらず、質問も無ければ意見も全く言わない「教育委員」の方々。あなた方は、自分たちの姿勢に全く疑問を感じないのですか?

記事No.35

■市民にとっての情報公開制度とは
 情報公開制度は「市民の知る権利」や、「市民が積極的に市政に参画すること」を保障する制度です。行政側はこれを最大限尊重する義務があり、その根拠は法令等でも明確に定められているものです。
ここで重要なのは、情報公開制度は、単に「文書の存否」を問うものではなく、情報公開請求を通じて、行政が改善されるひとつの契機になる、という点です。このことは、住民監査請求に対する意見として監査委員も指摘していることで
す。
今記事では、9月の定例教育委員会の会議録が10月18日に市民に公開されたことを受けて、同会議で(個人情報が含まれるため)非公開とされた[議案第49号]≪行政文書非公開決定処分に係る審査請求に対する裁決について≫を
、これまでの経緯なども含めて取り上げます。

■今回の情報公開請求から審査請求に至るまで
2018.08.14[情報公開請求](情報公開条例による)
①教育長は、距離的にどこの範囲まで公用車を使用するのか(あるい
は公用車使用が可能なのか)が判別できる文書・資料等。
※電車ならばずっと安く行けるにもかかわらず、わざわざ都内の自宅まで公用車で迎えに来させ、横浜市の駅前にあるホテルまで送らせ、その日は上尾まで公用車を戻させ、翌日またホテルまで迎えに来させ、自宅まで送らせたという事案。
②池野教育長は、当時の新政クラブとの「夜の
懇親会」に出席したうえ、公用車を使って都内自宅まで送らせている(つまり公務)。その行状が正当化されるには、何らかの文書等があるはず。
※市教委HPに≪教育委員会は政治的中立を維持することが強く要請されている≫ と記載されているにもかかわらず、あえて特定の市議会会派との「夜の懇親会」に出るからには、それが正当化されるための文書があるはず、という事案。

2018.08.27[市教委による処分の通知
「文書不存在により非公開」との処分が通知されました。備考欄への記述は全くありませんでした。

2018.09.21[審査請求](行政不服審査法による)
「このような池野教育長の行状については、文書や資料等が無ければ到底説明がつかないのではないか。文書等は必ずあるはず」ということから、審査請求をおこないました。

2018.10.26[弁明書が届く](市教委による)
「文書や資料等が無いことは事実である」とだけ述べられている「弁明書」が届きました(全く弁明になっていません)。

2018.12.10[弁明書の一部訂正](市教委による)
「上尾市車両管理規程(公用車は公務でしか使用できず、それも勤務時間に限るという規程)がありましたので、それを提出します」という、「訂正文」が届きました(そうであれば、酒席のあと都内の自宅まで送らせるというのも、公務ということになります)。
なぜ最初の情報公開請求の際にこの規程を示さなかったのか、つまりは市民に対してろくに調べもせずに「非公開」としている証です。

2019.01.08[反論書と証拠の提出](請求人による)
 A4版8ページにわたって、いかに池野教育長が恣意的に、かつ合理的な経路を無視して公用車を使用しているか、また、市教委事務局は池野氏をかばうために言いつくろっているか反論し、かかった経費が市民の血税から支払われていることの証拠を提出しました。

2019.03.08[意見陳述と聴取](請求人・市教委)
 口頭意見陳述の機会がありましたが、このときの審査会長の議事の進め方は全くひどいものでした。請求人であるブログ筆者が何か発言しようとすると、「それは文書の存否に関係ありません!」と大声で口を挟み、発言を阻止してきたのです。事前に質問の要旨は文書で伝えてあったにもかかわらず、です。いかに審査会が名ばかりであり、なんとか市教委をかばおうとする姿勢がはっきりと示されました。

2019.07.24 [答申書が届く](審査会長から)
 市教委を全面的に擁護する「答申書」であり、なおかつ「教育長の公用車使用と新政クラブ懇親会に出席したことの適切性については言及しない」というものでした。

2019.08.05[審理手続きの終結](上尾市教委から)
 一連の「審査」の手続きは、上尾市教育委員会がおこなっているので、市教委から「終結しました」という文書が届きました。
 でも、考えたら奇妙な話ですよね。「文書非公開」という「処分」を下すのは市教委(処分庁と言います)。その手続きを審査するのも市教委(審査庁と言います)。審査会を開く事務局は市役所総務課。
市民には、とにかくわかりにくいシステムになっています。
はっきりしているのは、市教委・審査会が「市民に背を向けている」ということが今の上尾の実態であるということです。

やっと今年9月の教育委員会の「非公開議事」に
 審査請求から1年以上経過した2019.09.25、この「事件(審査請求で扱われる事案は「事件」と呼ばれます)」は、教育委員会の会議に「非公開」で審議されました。
この議案について公開されたのは、先週(10/18)のことです。
請求人が審査請求に1年かけた案件ですが、教育委員のお歴々からは質問も意見もゼロでした(会議録はこちら。最後のほうをごらんください)。非公開にする意味がありませんね。

■教育委員の方々は、なぜ、何も言わないのですか?
9月の定例会で、この議案審議についてわざわざ「非公開」としたにもかかわらず、教育委員のみなさんからの質問も意見も無しというのは、どういうことなのでしょうか。大変疑問です。
教育長の公用車使用については、どう決めているのですか?
市議会の特定会派との酒席に教育長が出るのはなぜですか?
などの質問が教育委員から出てもいいと思うのですが、「教育長の行状については、何がなんでも目をつぶる」「怪しいと思っても、そのことについては触れない」という姿勢がはっきりとした会議でした。
住民監査請求の際に、監査委員から教育長に対して様々な事項(市内の教職員に対して厳しいことを言いながら、自らの服務関係の手続きは全くいい加減であったことや、岩手などの遠方に行っても教育委員会に対してなんらの報告もされていなかったことなど)が指摘されたということを、教育委員は全く気づかずにいるということも考えられます。池野教育長や教育委員のお歴々、加えて市教委事務局の、こうした「不都合な真実」は、これからも逐一明らかにしていく必要があります。さもないと、上尾の教育は少しも良くならないでしょう。

 池野教育長や教育委員の方々がこのブログを読んでいたら、「ここが違う」などの反論や反証も含めて、ぜひコメントをいただきたい思います。
また、市教委事務局職員の方で「実は、こういう事実もある」などの情報をお持ちの方は、このブログの「お問い合わせ&情報提供」経由でご連絡ください。
もちろん、情報提供に関する秘密は絶対に守ることをお約束します。

 

上尾市教委の不都合な真実 その12

今月の定例教育委員会(10/18)の開催告知を、開催前日の夜になってやっとHPに掲載した上尾市教委。
加えて、以前の市議会答弁について「当時の議会答弁は間違いだった」と今になって言い出す始末です。
こんなことが許されるのでしょうか?

記事No.34

■会議開催の1週間前に市民に周知するのは義務
 上尾市の<審議会等の会議の公開に関する指針>では「当該会議を開催する日の1週間前までに、公開・非公開の別等の諸事項を記載した会議開催のお知らせを公表するものとする」とされています。
ところが、10月の定例教育委員会は、10月18日に開催される予定であったにもかかわらず、1週間前になっても上尾市教委のHPに記載されていませんでした。そこで館の住人(このブログの筆者)が市教委事務局(担当は教育総務課)に電話をして、HPに載っていないことを指摘すると、あわてて「教育委員会会議開催のお知らせ」(こちら)を、本日(10月17日)付けで掲載したという経緯となっています(注:まめさんのコメントにあるように、すでに10/18午後の段階で削除されています

つまり、上尾市教委は、市民に教育委員会定例会の開催を知らせる義務があるにもかかわらず、それを完全にサボったことになります。

■「公開指針」に該当しないという「ウソ」
 実は、9月の教育委員会の際にも、市教委のHPに記載したのは開催日の6日前であり、1週間前に公表するという義務は果たされませんでした。そこで、情報公開請求を通じて、その理由が判別できる文書の開示を求めましたが、「文書不存在」との処分が通知されました。
 通知処分が手交される際に確認したところ、市教委事務局の言い訳とは、「教育委員会の会議は<審議会等の会議の公開に関する指針>の適用を受けない」という、にわかには信じられないものでした。
これが「ウソ」であることは、以前の市議会答弁を確認すればすぐにわかることです。

■学校教育部長と教育長の答弁(2013年9月)
上尾市教育委員会の秘密主義が露骨に明らかになった「夏休み大幅短縮問題」では、2013(H25)年1月の定例教育委員会が、こともあろうに≪非公開≫の会議とされました(ちなみに、桶川や秩父は同趣旨のテーマの会議を市民に公開しています)。
そのことについて秋山もえ議員(当時)が市議会で質問し、それに対し、当時の講内学校教育部長と岡野教育長が答弁しています。

Q.(秋山議員) 「夏休みの5日間削減について、ことし1月の教育委員会定例会において、非公開で協議されたのはなぜか伺います」

A.(講内学校教育部長) 「非公開で協議を行った理由についてでございますが、上尾市教育委員会の会議の公開、非公開の扱いにつきましては、上尾市の定めている審議会等の会議の公開に関する指針にのっとって進めているところでございます

A.(岡野教育長)再質問に対する答弁 「先ほど部長が答弁いたしましたとおり、公開、非公開の扱いにつきましては、上尾市の定めによる審議会等の会議の公開に関する指針及び上尾市情報公開条例にのっとって進めてまいります

 市議会でのこのやり取り以降、新たな見解は市教委から示されていません。つまり上尾市教委は<審議会等の会議の公開に関する指針>に基づいて会議の公開・非公開について決めているのです。
それにもかかわらず、「教育委員会の会議は<審議会等の会議の公開に関する指針>の適用を受けない」というのは、明らかに「ウソ」ということになります

■会議の中身はともかく、市民に向けての開催通知は市教委に課せられた義務です。
 一度でも教育委員会を傍聴すればわかりますが、教育長の議事の進め方は、全く教育の本質を問うものにはなっておらず、事務局の説明も表面的なものであり、ましてや「お飾り教育委員」のお歴々は全ての議案に対してうわべだけの質問(果たして、質問と言えるかさえ疑問ですが)を一言二言して、事務局の回答にすぐに納得し、そのうえで採決は必ず全員一致です。そこには教育長に対する抑制効果<レイマンコントロール>の姿勢など、微塵もありません。
たとえ中身の薄い会議であっても、その開催については、市民に知らせる義務は当然あります。
上尾市教委の特質である秘密主義を一日も早く払拭することを強く望むものです

教育長に問います。9/25開催の定例教育委員会、「議案第49号」は「非公開の会議」にするつもりですか?

池野教育長の恣意的ふるまいをきちんと指摘できない「お飾り教育委員たち」&事務局の職員。「審議会等の会議の公開に関する指針」をまたもや自分たちに都合良く解釈するのでしょうか?

追記:
やはり9/25の定例教育委員会での「議案49号」は「非公開」とされました。理由は「個人情報が含まれているため」。
なんのことはない、請求人である館の住人(=このブログの筆者)の住所・氏名が含まれているから非公開ですと。
だったら、最初から請求人の住所・氏名は伏せたうえで「公開の会議」にすればいいではないですか、池野教育長さんと「お飾り教育委員」のみなさん!!

記事No.28

■「審議会等の会議の公開に関する指針」では
 会議を開催する1週間前まで(9/25の定例教育委員会は9/18まで情報公開コーナー、支所及び出張所に市民に向けたお知らせを公表するものとなっている他、総務課から各課あてに出来るだけHPで知らせるよう通知も出されています。
実際には、情報公開コーナーには9/20現在何らの開催通知も貼られていません。市教委HPに教育委員会の開催が掲載されたのは、9/19でした。
すなわち、「審議会等の会議の公開に関する指針」で示されている公表は現在もおこなわれておらず、HPへの掲載についても指針」期限に従わなかったことは明らかです

 

■9/25に審議される「議案第49号」の内容とは
 「事件名」として示されているのは、「教育長の公用車の使用基準に関する文書及び教育長の特定の行為に関してその正当性を示す文書の非公開決定に関する件」という、大変長いものです。
館の住人(このブログの筆者)は、

①教育長が公用車を使用する際には「使用基準」あるいはそれと同趣旨の文書があるはず。
②「政治的中立が強く求められている」はずの教育長が、市議会特定会派(旧新政クラブ)と議会閉会のたびに「夜の懇親会」に出席している。そんなことが可能であるならば、正当な理由が判別できる文書・資料等があるはず
との情報公開請求をおこないました。これに対して、市教委は①・②とも「そのような文書・資料は無い」としたため、不服申し立てをしたところ、審査会は「文書や資料が無くとも不自然ではない」と結論付け、上尾の審査会がいかに「イケ(池)のポチ」であるかを如実に示した「事件」でもあります。

■教育委員会の「主張?」とは
 再三指摘しているように、池野教育長の公用車使用は、経費のことは全く考えない、極めて恣意的なものです。「公用車使用基準などなくて当然」と主張すればするほど、市教委は自分たちのいい加減さを暴露しているということに、いまだに気づいていないのが実態なのです。
 また、「教育委員会は、政治的中立が強く求められる」と市教委のHPで謳っているにもかかわらず、教育長や学校教育部長、教育総務部長は(旧)新政クラブとの「夜の懇親会(つまり酒席)」に何度も足を運んでいました。これは、お互いに「持ちつ持たれつ」のズブズブの関係性を維持していること他なりません。
 問題は、こうした事実を教育委員の誰も「それはまずいのではないですか?」と指摘できないことにあります(文科省が言う「レイマンコントロール」など、望むべくもありません)。もちろん、従来から教育長が休む際に「お休み」などと公的なスケジュール表に記載したり、教育長悪行の「幇助」の役割を果たしている市教委事務局の責任も大きいことは言うまでもありません。

教育委員会の議案を非公開にする理由とは
予算等市議会にかける案件」や「人事に関する案件」については「非公開」となります(教育長のボーナスを増額するといった案件も非公開にするというのは市民的視座から甚だ疑問ですが)。
その他では、本記事で取り上げている、行政不服法に基づく審査請求の裁定がすべて「非公開」とされてきました。その理由のひとつは、
(教育)委員の率直な意見の交換を行った上で、適正かつ公正な採択をおこなう必要があるため 」
というものです。
はっきり言って、教育委員ともあろう方々が、非公開にしなければ率直な意見交換ができないのか?という疑問が生じます。
そういえば、最近、これに似たことがありました。
そう、先月、JOCで山下理事長が「今後理事会は非公開とする」と決めたこと(毎日新聞社説参照)に酷似していますね。でも、JOCでは、このことに反対した委員が高橋尚子氏はじめ4名いました
一方、上尾の教育委員会では、教育長に反対したり、教育長の恣意的行状を指摘する立場での発言は、今まで全くありませんでした。
その意味では、中身は上尾と同じように酷いですが、JOCの委員のほうが反対を表明するだけまし?かもしれません。
もうひとつの理由としては、
個人情報が含まれているため 」というもので、定例教育委員会の際に配布される資料の中に個人情報(つまり、審査請求人である筆者の氏名や住所)が含まれているから非公開にするというのです。
少し考えればわかることですが、これは全く理由になりません。会議録を後日公開する際には、請求人の住所・氏名は空欄で公開するのですから、定例教育委員会でも、個人情報を空欄にして資料を配布すればよいのです。はっきり言って、こんなこともわからないでよく教育長や教育委員を名乗っていられるものです。

■その時その時で理由を使い分けている市教委
 市教委が悪質なのは、行政不服法に基づく審査請求の裁定の際に、前記のふたつの理由を、あるときは「教育委員の自由な論議のため」としたかと思うと、またある時は「個人情報が入っているから」として、自分勝手に使い分けているということです。
 まさに「自分たちのためのご都合主義」と「秘密主義」が上尾市教委の本質であることを、この問題は見事に浮かび上がらせています。

 

上尾中がHPで謳う〈地域No.1校〉から受ける違和感。案の定、実証的データに基づくものではなかった。

「<地域No.1校>と謳う根拠は何?」との情報公開請求に満足に答えられない上尾中・西倉校長(前学校教育部長)と
上尾市教育委員会事務局/
指導課

記事No.27

■上尾中のHPについての情報公開請求
 こちらが上尾中学校のHP。見ればお分かりのように、「地域No.1校 上尾中学校の取組」と記載されています。

 館の住人(このブログの筆者)は、以前から≪上尾市内の中学校の間には、No.1とかNo.11というような「格差」は存在しないはず≫と考えていたので、上尾中のHPでのこの言い方には大変違和感を持ちました。
そこで、上尾市教育委員会あてに、次のような情報公開請求をおこないました。
(以下、請求内容とそれに対する回答や説明です)

◇HPには「地域No.1校である上尾中学校」とありますが、ここでいう「地域」の範囲とは、愛宕地区なのか、上尾市内なのか、それよりも広域なのか、地理的にどの範囲なのか判別できる文書・資料等。
=文書等は存在せず。「地域(学区?)の方がHPを見た際、上尾中 がNo.1だと思うと考えたのでこの表現になった(と西倉校長は言っている)(上尾市教委事務局/指導課による説明。以下同じ)

◇いつからHPに記載しているのか判別できる文書・資料等。
=文書等は存在せず。「記録としても残っていないので、不明である(と校長は言っている)」
「1年くらい前?(そう言った指導課職員がいた)」

◎haruka さんがインターネット・アーカイブを調べてくれた結果、この<地域No.1校>という文言は、2016年7月17日~2016年10月11日の間に掲載されたことが判明しました。つまり、指導課職員の発言には何の根拠も無く、虚偽であることが露見しました。

◇何についての〈地域No.1校〉なのか。生徒数の多さなのか、別の何かであるのか判別できる文書・資料等。
=文書等は存在せず。「実証的データ無し」

◇〈地域No.1校〉という言い方をするなら、地域No.2校やNo.3校もあるはず。それらの学校がどこか判別できる文書・資料等。
=文書等は存在せず。「実証的データ無し」

◇何をもってNo.1なのか明示せずに〈地域No.1校〉と言うことが、生徒の学びや成長にプラスになることが判別できる文書・資料等。
=文書等は存在せず。「生徒にプラスになるようなデータは無い」

もともと無いはずの上尾市内での「学校間格差」をあえて助長するような言い方は即刻止めるべきです。
 以上のように、大して深く考えずに(むしろ、それが校長の本質であるとも言えますが)上尾中学校のHPに記載し、本来無用な上尾市内の「学校間格差」をわざわざ生み出すことにつながるということを、西倉校長はよく考えるべきです。
しかも、公開されたHPは世界中から見ることができるにもかかわらず、「見るのは学区内の保護者だけだろう」とする、極めて初歩的なインターネット知識しか持ち合わせていないことも、今回の請求で明らかになりました。

■気づいていて何も言わないのは、教頭も同類。
 上尾中には教頭が二人いるにもかかわらず、どちらの教頭も「(実証的データの裏付けが無いので)この言い方は変えたほうがいいですね」と校長に進言しなかったと思われます。教職員の間にそうした「忖度」がこうした事態を生み出しているのは明白です。
 何の根拠の無い〈地域No.1校〉という言い方は、ただちにHPから削除し、真に子どもたちに向き合ってもらうよう、希望するものです。
なお、館の住人は、情報公開請求の「処分」通知の手交の際に、ことの経緯を説明できるはずの西倉校長の同席を求めました(平日が難しければ、市役所が開庁している土曜日でも、と希望しました)。
しかしながら、教育委員会事務局は、前学校教育部長をかばってか、「忖度」からか、市民の声を無視し、西倉校長からの説明を拒否しました

根拠が無いのに断定する表現は、子どもたちを預かる教育機関の取るべき態度ではありません。上尾中は<地域No.1校>という言い方を削除・訂正すべきです。

学校での”かくれたカリキュラム”

子どもたちが学ぶのは教科書の内容だけでしょうか?むしろ、大人たちが時折見せる真の姿が<かくれたカリキュラム>として子どもたちに刷り込まれることも実際には多いのです。

記事No.24

■そもそも、教育の目的とは
 現在、学校が存在する目的(=「教育の目的」と言ってもいいでしょう)とはいったい何でしょうか。その手がかりになると思える教育基本法は、反対の声がある中で、2006(平成18)年に「改正」されましたが、その第一条では「教育の目的」として次のように謳っています。

  教育は、人格の完成を目指し、平和で民主的な国家及び社会の形成者として必要な資質を備えた心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない。

 これを見るかぎり「必要な資質を備えた国民の育成」が「教育の目的」のようです。それゆえ、子どもたちは「学校」という制度の中で学ぶよう要求され、実際に学び、その習得の程度を評価されるしくみになっています。
また、私たちはこのことについてあまり疑問に思いません。その理由は「学校では、学ぶことが当たり前である」と理解されているからです。

■「明示的カリキュラム」とは
 しかしながら、よく考えてみれば、私たちが暮らしている世の中には、実に多くのさまざまな知識が継承され、あるいは生み出され、流通しています。
そうした知識のなかには、学問知識も、職業世界で必要とされる専門知識も、日常生活で必要な「常識」も含まれます。

 それらの中から、学校において伝えるべきものが選択され、教室で子どもたちがそれらの知識を獲得できることが可能となるように、教科書等を通じて再編成されます。
その過程で、もともとの知識自体の文脈(総体)から切り離され、まったく性格が異なる知識(=「学校知識」すなわち教科としての〈社会〉や〈理科〉、あるいは〈国語〉など)として生まれ変わります。

 「学校知識」はそれを学ぶ者に対して、特別な担い手(教師)の権威と、学習内容の選択・順序・時機・進度に関する特別な規制などの受け入れを迫り、またその習得状況を授業場面や試験において絶えず監視・点検するという点で、ほかの知識とは区別される特徴をもっています。

 このような「学校知識」を、ここでは「表明された(明示的)カリキュラム」と呼びます。
こうした「明示的カリキュラム」が表の顔であるとしたら、裏の顔とでも言えるのが、「かくれたカリキュラム」です(文科省でも同様の語彙についての解説をしていますが、本稿の解釈とは異なります)。

■「かくれたカリキュラム」の特徴
 ここで、「かくれたカリキュラム」の特徴を3つほどあげておきます。
(1) 《学校で学ぶこと》が《意味のある、評価を受ける知識》であって、学校で学ばない生活的知識は、性質の異なる価値の低いものだ』という、知識に関する分類と価値序列を学びます。

(2) 『秩序は他者(学校の場合、担任教師や校長)によって決められるものであり、それを左右できる権力の保持者もあらかじめ決まっているものだ』という「秩序の他者規定性」と、「権力の上下関係の存在」を学びます。

(3) 学校やクラスでは、子どもたちの「協力・協同」や「みんな仲良く」といったことが言われます。
しかしながら、学業成績の系統的評価とそれによる処遇・進路先の違いは、むしろかくれた作用として、子どもたちに事実上の「競争関係」の存在を教え込むことになります。つまり、業績主義と競争関係の強い支配力を学ぶことになります。

 「明示的カリキュラム」による知識は、それを獲得するためには子ども自身が相応の努力をしなければなりません。それに比べて、「かくれたカリキュラム」はそれほどの努力を必要とせずに学校生活の中で自然と学ぶのが特徴です。
その意味では、「明示的カリキュラム」よりも学習効果としてはむしろ強力だとされます。上記(3)で述べたように、学級での「協力・協同」は、「かくれたカリキュラム」で競争関係の存在を学んだ子どもたちにとっては、むしろ「偽善・欺瞞」と受け取られることになりかねません。それを避けるためか、学校では行事(体育祭や合唱祭)で学級同士を競わせるなど、個人間競争意識を少しでも緩和する策がとられることがあります。

■かくれたカリキュラムの負の影響を抑えるには
 ここまででは、「かくれたカリキュラム」の負の面ばかり強調しているように聞こえるかもしれません。その負の影響を避けるためには、まずは、こうした「かくれたカリキュラム」が存在することを、同じ学校で働く教職員としての共通認識としたうえで、改善策を考えていく必要があります。

 たとえば、市教委指定の「研究発表会」や「指導課訪問」は、現状では「大人にとって特別な日」となっているのが実態です。
子どもたちは、“先生、今日はずいぶん緊張しているな”とか、“校長先生が「お客さん」にペコペコしている” と感じるとすれば、子どもは「かくれたカリキュラム」によって、それまで把握していた「権力の上下関係の存在」以上の「ヒエラルヒー(上下の序列性)」をあらためて知ることになると言えます。
そうした「学び」は、子どもたちや学校の教職員にとって、その後の学校生活にどのような影響をもたらすでしょうか。
すでに述べたように、「学校知識」は、それを学ぶ者に対して、特別な担い手(教師)の権威の存在が不可欠となっています。敢えて新規のヒエラルヒーが存在することを知らしめるのは、子どもにとっても、教師(とりわけ担任)にとっても必ずしも有益なことであるとは言えません。「かくれたカリキュラム」を子どもの成長に働くように組み換える観点が、今ほど求められている時代はないかもしれません。

「かくれたカリキュラム」による子どもの「気づき」や「学び」は、研究指定発表や「指導課訪問」などの際だけにとどまりません。
 市内の小中学校では、教育長が来校するとなれば、校長・教頭(場合によっては主幹教諭も加え)が予定時刻のずっと前から校門の門扉のところに立ち、「教育長サマ」を出迎えようとする姿(はっきり言って、あまり格好の良いものではありません)を、子どもたちが興味深く見ているという光景が見られます。
 校長や教頭のみなさんには、そうしたとき、何のために早くから「お迎え」に立つのか、それを見て子どもたちがどう考え、何が刷り込まれるかを考えて、自らの行動を振り返ってほしいと思います。
「権威の序列性」の強調は、むしろ学校や子どもたちにとっては百害あって一利なしと言えるでしょう

※参考文献:
 苅谷剛彦・濱名陽子他『教育の社会学 新版』有斐閣,2016年

 

「学校施設更新計画基本方針」への意見

記事No.20

■今週は…
 実は、館の住人(このブログの筆者)は某大学の通信教育課程で学んでいる学生でもあります。
今週は月曜日から今日まで夏期スクーリング(面接授業:略称夏スク)でした。ちなみに、受講した科目は以前から学びたいと考えていた「図書館・情報学」です。講義はもちろん、大学図書館で参考文献を渉猟する中で新しい知見も得ましたが、その話はいずれまたお伝えします。

■上尾では、大事なことが次々と…
 夏スクに行っている間に、先輩ブロガーのビジネスゲームの館では、上尾市にとって重要な出来事などについて、次から次へと更新がされており、しかも的確な指摘と分析がされていることに少なからず驚きました。
その中で、AKB事件の報告書も大事ですが、少しさかのぼって、「上尾市学校施設更新計画基本方針」(原文はこちら。※最終閲覧日2019.08.24。ただし、今後 担当課である市教委事務局 教育総務課により削除される可能性もあります)への意見書を館の住人も提出しましたので、そのことについて今記事では取り上げます。

■上尾市学校施設更新計画基本方針への意見
 P15枠内
「児童数は今後も減少していく見込みである」と、
「生徒数は今後は横ばいで推移していく」
とは矛盾する。
※現状認識と今後の見通しの問題。
児童数(小学生)が今後も減
少していくならば、
生徒数(中学生)も数年後減少していくはず。
減少幅に見合う転入の中学生がいない限り、決して
横ばいにはならない。
 

 P29中央 1)
児童・生徒の学びとともに社会性も身に着けられる
学校規模の維持
※文書作成能力(検証含む)の問題/学びや社会性を 獲得する場合、「身に着ける」は使わない。「身につける」あるいは「身に付ける」が正しい。

 P34(2) 利用しやすい教育環境整備の推進
※「コミュニティスクール」についての記述が無い。
昨年度あたりから鳴り物入りで始めたにしては、それに関する記述が欠落しているというのは解せない。

 P41 小中一貫に向けた教育の推進 [現状]
「小1プロブレム」や「中1ギャップ」との記述があるが、その概念を実際に裏付ける、上尾市における実証的なデータが示されていない。そういう状況で、一般的な語彙を使うべきではない。あくまでも上尾市の現状を踏まえた記述であるべき。

 P41 小中一貫に向けた教育の推進 [主な取り組み]※「9か年を見据えた教育課程を編成します」とあるが、そのロードマップは検討されているのか。それとも全く白紙の状態なのか。誰(どこ)がどのように進めていくのか疑問。
※「中学校区における異校種間の連絡会や研修会などを定期的に実施」とあるが、学校現場でこれ以上研修会を増やすのは甚だ疑問である。

 さて、こうした意見がどの程度反映されるか、今後の推移を注視していきましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

上尾市教育委員会の不都合な真実 その11

歴代「市教委 学校教育部長」の異動先は、なぜ特定の学校に偏っているのか

記事No.19

■学校教育部長の異動先に見る「不都合な真実」
 2001(H13)年度以降の市教委「学校教育部長」の異動先を調べたところ、例外の2件(理由は後述)を除き、全て「上尾小」か「上尾中」でした。
 このことが何を意味するのかについて今回はお伝えしますが、前記事のとおり、市教委学校教育部長となった者は、その職のままで退職することは絶対にありません。彼らは埼玉県の採用試験を受けて教員になったので、退職金も当然県で支払うのが行政としての「絶対のルール(義理とも言える)」だからです。
裏を返せば、学校教育部長のまま退職されては、「退職金支払の義務は無い」はずの上尾市が一番困るということになります。

■歴代「市教委学校教育部長」の異動先は?
一覧で示せば、次のようになっています。

2001(H13)年度  宮崎四郎学校教育部長  → 上尾小
2002(H14)~2004(H16)年度   岡野栄二(〃) →上尾小
2005(H17)~2007(H19)年度 井川 隆(〃) →上尾中
2008(H20)年度   飛田政弘(〃) →上尾小
2009(H21)年度   曽我部延孝(〃) →大石中                    
2010(H22)~2012(H24)年度   池野和己(〃)  →上平中
2013(H25)年度          講内靖夫(〃)   → 上尾中
2014(H26)~2016(H28)年度    西倉 剛(〃) →上尾中
2017(H29)~2018(H30)年度 今泉達也(〃) →上尾小

2019(H31)年度~   伊藤   潔(〃) → ??

(解説)
まず、「上尾小」・「
上尾中」以外の学校への異動についてですが、曽我部氏の大石中への異動は、井川氏が上尾中に在任中だったことによるものです。
池野氏の上平中への異動は、逮捕前の前市長と繋がりを持ち、その後の教育長就任を意識したものであろうと推測されます。ただ、当時そこまで見通せた方はほとんどいなかったと思われます。
それ以外は全て上尾小か上尾中(小中の違いは教職経験によります)となっていることは、今さらながら注目に値します。
なお、岡野栄二氏は上尾小校長時代に、3月の年度末を待たずに(責任放棄とも言えます)、年度の中途で「自己都合」で教育長に就任しています。

■上尾市内の小中学校に、市教委自らが「格差」を生み出している?
<上尾には、市教委により恣意的に作られた「学校間格差」が存在するのではないか>との観点から情報公開請求をおこないました
その内容は次のとおりです。

 上尾市内各小中学校間には「学校間格差」が存在しないこと、あるいは「学校間格差を生じさせてはいけない」と市教委が述べていることが判別できる文書・資料等(を情報公開請求します)。
ここで言う「格差」とは<空間的な距離の差>や<地域差>あるいは<学校規模の差>のことではなく、『A学校はB学校より「格」が上である』等の「格差」のことを指すものです。

 この情報公開請求の結果は「文書不存在」の処分とされました。つまり、市教委は「学校間格差を生じさせてはいけない」という文書・資料等を保有していないということになります。
ここで、素朴な疑問が生じます。
もしも「学校間格差」
が無いとすれば、上尾市内には小学校22校、中学校11校があるのですから、歴代の学校教育部長の異動先が、なぜ上尾小と上尾中ばかりに集中するのかの説明がつきません
「学校間格差」が無いのであれば、学校教育部長の異動先は市内のどの学校でも良いはずです。

■上尾市内の小中学校には本来無いはずの「格差」を市教委自らが生み出している?
以上のように、あたかも上尾小と上尾中が(空間距離的な意味ではなく)「市内の中心校」であるかのごとく受けとめられるような人事異動を、上尾市教委自らがおこなってきており、それはずっと続いているのです。

先の住民監査請求についての監査委員の「意見」、すなわち
「教育行政の責任者として、服務規律の厳正な確保を指導する服務に係る記録の管理が不適切であったことは、大変遺憾である」
あるいは
「教育委員会事務局は、請求人からの行政文書公開請求等により改善の機会を得ていたにもかかわらず、事実確認や見直しを怠った」
などの指摘に加えて、今回述べた事実から、「上尾市教委の不都合な真実」がまたひとつ明らかになったとも言えます。
こうしたことが是正されるべきであることは市民的視座からも当然であり、上尾市教委「正常化」の道程がまさに始まったとも言えます。

 上尾市教委は、自らが生み出した「学校間格差」をこのまま放置するつもりが無いのであれば、2019年度から学校教育部長の職にある伊藤 潔 氏について、上尾小・上尾中以外の学校へ異動させることです。
 今記事でお伝えしたように、学校教育部長の異動先を注視することも、市民による教育行政監視につながるのではないでしょうか。

 

 

 

 

 

お問い合わせに答えて

記事No.18

■分かりにくい「市費職員」と「県費職員」
 前記事について、
教育委員会事務局職員の内「指導主事」は「県費職員」なのかどうかというご質問を「お問い合わせ」経由でいただきました。
確かに「市費」と「県費」という分け方は、市民の方から見るとわかりにくいと思いますので、今記事では、なるべくわかりやすくご説明しましょう。

■もともとは、どこが採用したかの違い
端的に言えば、埼玉県の採用試験を受けて教職員になった場合、「県費(負担)教職員」と言います。
ただ、こういう呼び方は、保護者や一般市民の方にはあまりなじみが無いと思われます。
例えば、上尾市内小中学校に勤務する先生方は、埼玉県の採用試験を経て教員になっていますので「県費(負担)教職員」ということになります。
少し付け加えれば、「県費教職員」には、職名で言うと、校長・教頭・主幹教諭・教諭・養護教諭・栄養教諭・学校栄養職員(栄養教諭以外)・学校事務職員が含まれており、給与は埼玉県から支給されます。

■「指導主事」は、とりあえず「市費負担」
お尋ねの件で言うと、市役所7階の上尾市教育委員会事務局にいる「指導主事」は、もともとは小中学校勤務であった者が、数年間だけ上尾市から給与が支給され、「市費負担の職員」ということになります。
学校現場では誰が「指導主事」として市教委事務局での勤務になるかは、全くわかりません(人事異動の闇)。ただし、現状は教頭・校長候補者名簿に登載されている職員が「指導主事」となっているようです。

■「最後は学校への異動」は「絶対の掟(おきて)」
 市教委事務局の「学校教育部長」・「指導課長」・
「学務課長」も「指導主事」となっています。
これらの職員は、あと2~3年で退職という際には、必ず学校現場へ異動となります。
なぜなら、もともと埼玉県で採用されているので、「退職するときは採用したところが退職金を払う」という絶対的なルールがあるからです。
つまり、よほどのこと(死亡退職など)でもない限り、市教委事務局の「学校教育部長」のままで退職することは絶対にないのです
なお、ここ20年ほどの歴代学校教育部長の最後の異動先について情報公開請求をしたところ、大変興味深いことがわかってきました。
それについては、次回以降にお伝えします。

 

 

上尾市教育委員会の不都合な真実 その10

記事No.17

市教委「指導主事」の人数が減っても学校は困らない

■上尾市職員定数条例では…
  上尾市役所の7階に「上尾市教育委員会事務局」があります。行ってみるとわかりますが、何やら多くの職員がいます。そこに「学校教育部」と「教育総務部」があり、部ごとに各課(学校教育部ならば「学務課」「指導課」「学校保健課」)に分かれていることを知っている市民は多くないでしょう。

 実は、市教委事務局職員の定数(つまり、何人の職員を置くのか)は、本採用者の総数しか決まっていません。小中学校や図書館で勤務している、多くの「非正規職員」「臨時職員」は、上尾市職員定数条例での定数の中に入っていないのです。
同条例によれば、上尾市教育委員会事務局(その中にも再雇用を含む非正規職員の方
はいますが)と学校職員(市費負担の正規職員)と合わせて167人です。  

 ただしこの人数の中には、学校に勤務する[県費負担の教員や学校職員](正規・非正規問わず)は含まれていません。

■多種多様な任用の職員
 市民からしたら、誰がどういう立場で働いているのかは、ちょっと見ただけではわからないでしょう。

 一説によると、上尾市役所の場合「ぶら下げているネームカードに写真が貼ってあれば正規職員」だそうですが、小中学校に行くと、その区別はありません。

■「指導主事」の配置の「不都合な真実」
今回の記事で取り上げる、上尾市教育委員会事務局の学校教育部に配置されている「指導主事」と呼ばれる職員の定数も、実は決められていないのです。

 今年度、指導課にいる「指導主事」の数は、課長を含め11名です。その他に学務課に3名、学校保健課に1名の「指導主事」が配置されています。
しかしながら、その数は定数条例で決められたものではありません。
では、なぜ指導課に指導主事が11名という多人数が配置されているのでしょうか。

 それは、指導主事たちが「自らのアイデンティティを維持する」こと、つまり「指導に関する事務」と称して市内の小中学校に対して強制的に3年サイクルの「研究委嘱」なるものを設定し、学校に訪問すること、あるいは「指導課訪問」という名の「押しつけの訪問」をする、いわばイベントを目的として慣習的に今の人数を置いたと考えられます。

 結果的にそれは、「権威の序列性」を一般教職員に見せつけることになります。勘のいい子どもは「先生よりエラそうな人が来た」と思うかもしれません。

 また、教頭や校長の「予備人員」として教育委員会事務局に人数を置いておくということもあり、現在は「教頭・校長候補者名簿登載者」のみが「指導主事」となっています。

■「教育委員」の集まる会議でも語られることのない教員多忙化の要因  
 いわゆる「働き方改革」と称して、教員の長時間勤務が社会問題になっている昨今、解決のために、たとえば中学校での部活動外部指導員の配置増や、印刷やコピーを受け持つ「スクールサポートスタッフ」の配置などが方策として出されています。

 しかしながら、そうした「対処療法」的な方策よりもむしろ、多忙化の主要因と思われる<教育委員会から発出される指示や施策>が本当に必要なのかなどについては、定例の教育委員会の会議等でも話題に出ることはありません。

■「指導主事」という名の職員の資質
 上尾では、発表を伴う強制的な「委嘱研究」が行われています。3年に一度とは言うものの、発表の前年の中間発表などもあり、学校にとっては相当なプレッシャーになります。主担当の教員(研修主任)はもちろん、全員が「指導主事」に「授業を見てもらい」、講評を聞くという流れですが、問題は、「指導主事」の資質です。

 実際には、小学校の勤務経験しか無い「指導主事」が、中学校のベテラン教師に対して「指導」するという実態があります(これについては、市教委HP「教育委員会会議の結果」H29年3月,20頁を参照していただくと、指導主事の実像がよくわかります)。

 また、研究発表前日には、「指導主事」によるメイン会場等の下見があり、下足箱に貼られた「ナントカ部長様」などの表示の位置まで直される実態、つまり完全にイベント化していることも、ほとんどの市民の方は知らないでしょう。
おまけに、市議会において、学校教育部長は「委嘱研究は児童生徒の学力向上に寄与している」と答弁していますが、それを市民に十分納得させるだけのデータはありません。

■「指導主事」が半減しても、学校現場は困らない
 教職員の長時間勤務を解消する手立ての一つとするためにも、現在市教委事務局に配置されている「指導主事」の人数を半減したうえで、「委嘱研究」とそれに伴う指導主事による「学校訪問」は、あくまでも「希望制」とすることを提言したいと思います。
その際、学校側から本当に適切な助言が出来るような「指導者」を選べるようにすることも必要です。

 最も簡単な方法は、「指導主事」と称する方に模範授業をやっていただくことです(絶対にやらないというか、出来ないでしょうが)。 さらに、現場教員が「指導主事」の指導や助言に対してコメントできるようなシステムも導入されるべきです。

 できることなら、こうした実態や要望を市議会等で発信してもらえる議員が現れれば良いのですが。

 

 

上尾市教育委員会の「不都合な真実」その9 

記事No.15

AKB事件の陰で…
 現在上尾では、6月市議会の井上質問に端を発したAKB事件(A=新井弘治元市長  K=小林元議長  B=美創建業)がどうなるか注目を集めています(返金したからといってTHE END となるわけもありません)。
AKによる職員への「圧力」の問題は今後どうなるのか、また、職員が工事を7枚の伝票に分けてBに時期をずらして発注したことについての公務員としての責任の問題、あるいは全員協議会でKが平然と「今までもやっていること」として息子の会社Bを擁護したことはどう発展していくのか、さらには「住民監査請求」についての監査委員の対応は?…etc
これらについては、こちらのブログや、あるいは、こちらのブログが詳しく、しかも鋭く的確に問題点を指摘しています。
 少し視点を変えますが、えてして、こうした大きな問題が勃発している際には、「これはどうなのか?」と思えることが、まるで何もなかったように葬り去られようとしていることがあります。
 今記事では、情報公開請求についての「審査会」の真の姿をお伝えします。

■情報公開制度の目的=市民による市政への参画
 市民(在住・在勤含む)が「上尾市の、この情報について知りたい」と思えば、上尾市情報公開条例(全文はこちら)により、情報公開請求をし、市の保有する情報を開示してもらうことができます。

  その際、上尾市としては、
○市の保有する情報の一層の公開を図ること。
○市の諸活動を市民に説明する責務が全うされるよう にすること。
○市民による市政の参加の充実を推進すること。
○公正で開かれた市政の発展に寄与すること。
が求められています。
これらは、情報公開制度の大前提となるものです。

■とにかく「非公開」にしたがる市教委
 情報公開請求をするとわかりますが、上尾市の行政や市教委は、とにかく「行政文書の存否」だけを問題にしようとします。
その理由としては、「情報公開請求書」ではなく、「行政文書請求書」を提出することに起因するとも言えますが、その結果、「請求された文書は作成していないので不存在」という通知が渡される例が多くなります。これから述べる「文書」類もそういう扱いを受けました。そこには、「市民による市政への参画」や
「情報公開請求を契機に自らの業務を見直す」姿勢は見受けられません。

■非公開とされた文書類
(1) 教育長が公用車を使用する際の「基準や目安」となる文書・資料等。
(2) 市議会の(旧)新政クラブとの酒席に、教育長が公務として出席してもなんら問題ないことが判別できる文書・資料等。
これらのどちらも「文書不存在」でした。つまり、
(1) 公用車使用基準が無ければ、日本全国どこにでも行けることになってしまうこと。
(2) (旧)新政クラブとの酒席に公務として出席しているのは、教育長だけでなく、学校教育部長も教育総務部長も同席しています
「政治的中立を維持することが強く要請されている」(市教委
HPり。原文はこちら)市教委として、あってはならないことですが、そうした席に平気で出るということは、出ても差し支えないという根拠となる文書・資料があるはずです。

■「行政不服審査」は市民にとっては高いハードル 
 ≪文書不存在だから非公開という処分はおかしい≫と考えた場合に、市民に残されている手段としては、行政不服審査法に基づく「審査会への請求」という方法があります。
「審査会」は、
正式には「上尾市情報公開・個人情報保護審査会」といいます(委員名はこちら)。
しかしながら、
実はここまでたどりつくのには、時間がかかり、高いハードルといえます。
それゆえ、たとえ「処分に不服」であっても、途中で「もういいや、諦めます」という市民の方も多いと思います。この点はもう少し簡略化できないものか、市としても検討していく必要があると思います。

 一連の情報公開請求・審査会について時系列で示すと、次のようになります。
2018.
05.1011  池野教育長、都内自宅―横浜,翌日横浜―都内自宅 公用車使用(公費支出 公用車=10,540円  if 車利用であれば2,188円)
07.02  池野教育長、市議会特定会派との夜の懇親会(つまり酒席)に「公務」として出席したことが後日の情報公開請求により露見。
 08.14  上記 (1)(2) 文書について情報公開請求
08.27 「文書不存在により非公開」の「処分」通知 09.21  前記「処分」を不服とし、審査請求
10.26 
市教委より「弁明書」送付される
12.10  
市教委より「弁明書を一部訂正」旨連絡あり  2019.
01.08  
請求人による「反論書」を審査会に提出 01.18    請求人による「口頭意見陳述申立書」・「質問趣意書」を審査会に提出
03.08  口頭意見陳述(請求人・市教委双方)
07.24 
審査会より「答申書」が送付される
 とにかく、「審査会」へ不服審査の請求をしても、これだけの時間がかかっており、 教育長の「悪行」からは、すでに1年以上が経過しています。
とりわけ、「口頭意見陳述」から
「答申書」送付までの時間が長すぎます。
審査会としては「いかに市教委を守るか」に腐心したので、これだけ時間がかかったと推測できます。

■「審査会」は結局、市教委の防波堤の役割
 「審査会の答申書」の中身は、4ヵ月半かかった割には「お粗末」そのものです。
(1) 教育長が公用車を使用する際の「基準や目安」となる文書・資料等。
 
→「文書不存在であっても不自然ではない」
(2) 市議会の(旧)新政クラブとの酒席に、教育長が公務として出席してもなんら問題ないことが判別できる文書・資料等。
 →「文書不存在であっても不自然ではない」
 池野教育長の一連の行為が「不自然」だからこそ情報公開請求や審査請求をしているにもかかわらず、「答申書」に客観性や公平性は見られませんでした。

 残念ながらこれが現在の市教委と、その防波堤としての「審査会」の「不都合な真実」なのです。
 (2) については、「新政クラブ」が解散し、所属していた大半の議員は「彩の会」なる会派に移動しているという現在の政治情勢から、今年度は教育長や市教委事務局の部長も酒席への出席を控えているようですが、市民としては、さらに注意深く監視していく必要がありそうです。
 (1) については、もし、「公用車の使用についての基準や目安」が無いとなれば、どこにでも行ける理屈になりますが……後日の記事で続報をお伝えします

 

 

上尾市教育委員会の「不都合な真実」その8

 

記事No.11

■住民監査請求の結果を受けての市教委の対応
前記事でお伝えした「監査結果」を受け、池野教育長と市教委(事務局)はどう対応したのでしょうか。2019.04.19に「監査結果」が公表され、≪池野教育長は、時給4,520円×10時間分=45,420円を上尾市に返納すべきである≫という措置請求の結果は「棄却」でしたが、教育長も市教委事務局もこれほど厳しい意見を突き付けられた経験は無かったと思われます。
 「レイマンコントロール」が全く機能していない「お飾り」の教育委員が、教育長の行状についてcheck するとは全く考えられませんし、教育長周辺に監査が入ることさえ今までは皆無だったでしょう。

■唐突な「研修会報告」にビックリ! 
教育長と市教委事務局による最初の対応は、4月の教育委員会定例会でした。
「平成30年度全国都市教育長協議会並びに関東地区都市教育長協議会の出席報告について」という「報告事項」が議題とされたのです。
 公表されている会議録(全文はこちら。11頁参照)には、次のようにあります。

 「平成30年度に、全国都市教育長協議会並びに関東地区都市教育長協議会の総会並びに研究大会に、池野教育長が出席されましたので報告いたします。始めに「関東地区都市教育長協議会総会」でございますが、平成30年5月10日、11日に横浜市を会場市に開催されました。(中略)次に、「全国都市教育長協議会定期総会並びに研究大会」でございますが、5月17日、18日に岩手県一関市を会場市に開催されました。(中略)また、今大会で池野教育長は、16日に一関市に入り、研究大会での視察研修が予定されていた「世界遺産平泉見学コース」の中尊寺等を視察し、また、文化財の保護、活用の参考にするため、刀剣の収蔵に定評のある一関市博物館を、視察しております。報告は以上でございます」

 長い引用になりましたが、このこと自体大変異例なことに加え、非常に違和感を覚えます。それは、

①昨年5月の研修会について、約1年後に「報告」していること。
②『研究大会での視察研修が予定されていた「世界遺産平泉見学コース」の中尊寺等を視察し…』とあるのは、なんのことはない、研究大会運営側が、大会終了後に予定していた「オプショナルツアー」に池野教育長は参加しないので、自分勝手に「個人的オプショナルツアー」に行ったというのが真相です。
「刀剣の収蔵云々」は前記事のとおりで、自らの言い訳を正当化するためなのか、生涯学習課による刀剣講座の企画を監査結果が出てから起案・決裁していることが、決裁文書から明らかになっています。
③この唐突な「報告」を聞いた教育委員のお歴々がなぜ1年も前の報告を今になってするのですか?という質問を全くしていないこと

以上について少し説明を加えると、

①については、明らかに住民監査請求の影響です。
裏を返せば、今までは「県外の研修会に行っても何らの報告もせずに済んでいた」ということの証左です。
②日程を見ると、会合は(2018年)5/17(木)・5/18(金)であり、オプショナルツアーは金曜午後の企画となっており、平泉見学コースの他、観光スポット「猊鼻渓(げいびけい)」に行くコースも用意されていました。
少し脱線しますが、こういった教育長や校長向けの「○○研究大会」というのは、大抵「木曜・金曜」に日程が組まれています。理由は次の日から土曜・日曜になるからであり、このときも翌土曜日には別のオプショナルツアーが組まれていました。
③については、「お飾り」教育委員の面目躍如というところです。教育長が何をやっても口を挟まないということを示すひとつの例です。後日、生涯学習課長に「傍聴していて、誰も何も言わないのは、非常に違和感を持ちました」と伝えたところ、「実は私も、随分唐突だなと思いましたよ」と言っていましたが、黙っていて何も言わないのは件の課長も「御同類」です。

■市民から指摘されなければ変わらない市教委
 その後の情報公開請求により、多少変化が生じたこととしては、池野教育長が「年休簿」を使い始めたこと(就任4年目にして初めて)、関東・全国教育長会議について市教委事務局内で「報告」するようになったこと、などがあります。
しかしながら、今年5月に松本市で開かれた「関東教育長協議会」に、公用車で行っていることが判明しました。どのように公用車を使ったのか、現在情報公開請求をおこなっているところです。使用方法や費用の面等で不自然な点が判明したら、このブログで市民の方にお伝えします。

■「自主返納を求める」と勧告すべきでした
 前記事でも少し触れましたが、全国的に見た場合、住民監査請求に対する監査委員の「勧告」(=今回のケースで言えば、請求人の主張を全面的に認め、給与返還を求める勧告をすること)は、2014・2015年度の統計で、監査請求件数1,461件中、「勧告」されたのは43件、率にすると3%にも満たない状況となっています。
これでは、「監査委員は悪行をなす各執行機関の防壁にすぎない」(田中孝男『住民監査請求制度がよくわかる本』公人の友社, 2017年, 53頁)と言われても仕方ありません。今回の請求で言えば、監査委員は「関係職員の説明をそのまま肯定することができるような直接の証拠は乏しい」とまで述べていることや、証拠書類は27種類も出揃っているのですから、教育長の「悪行」は明らかであり、「自主返納を求める」と勧告すべきであったと考えます。
おそらく池野教育長はこのブログを見ていると思いますので、何らかの形で(自主返納など)今からでも上尾市に返還してはどうでしょうか。

上尾市教育委員会の「不都合な真実」その7

記事No.10

■そもそも、「住民監査請求」とは?
  前記事までで、池野教育長は昨年5月に少なくとも10時間、勤務の実態がないことが明らかになったことが実証データからおわかりいただけたと思います。
ここからは、その10時間分の返還を求めて住民監査請求に移るわけですが、あまり聞き慣れない「住民監査請求」とは何でしょう?
館の住人(このブログの筆者)は、何の後ろ盾もない、ひとりの市民として「住民監査請求」を起こしました。
実際の住民監査請求はこちら
その中でわかったことですが、
    住民監査請求=「上尾市職員措置請求」
であるということです。
つまり、池野教育長に対して「10時間勤務の実態がないことは明らかなので、その分の給与を上尾市に返還せよ」という、公金の不当支出に絡んだものが住民監査請求になるわけです。
裏を返せば、今回のケースでは、給与返還以外のことについては住民監査請求の対象にならない、ということです。
釈然としませんが、「サボっていたことについて、市長は教育長に対して戒告あるいは少なくとも文書注意をすべきである」というのは、住民監査請求の目的とは異なる、ということになります。

■「住民監査請求」の結果の種類
次の3つがあります。
ア 却下  請求要件を満たしていない場合
イ 棄却  請求に理由が無い場合。
      監査委員の意見等は公表されます。
ウ 勧告  請求に理由があると認めた場合。
      必要な措置を講ずべきと勧告されます。
 しかしながら、「勧告」となるのは全国平均(H26・27年度)で、わずか2.9%しかありません(出典:田中孝男『住民監査請求制度がよくわかる本』公人の友社,2017年)ので、それだけハードルが高いと言えます。

■教育長の給与一部返還請求の結果は? 
 監査委員の「判断」や「意見」とは? 
 今回の結果は「棄却」でした。
ただし、請求書と同時に教育長の「サボリの実態」を裏付ける27種類の証拠書類を添付したことから、監査委員(1名は「事故欠(病欠)」のため2名)の「判断」や「意見」は次のようになりました。

監査委員の判断:主なもの
「この勤務状況を整理した書類がなかったことについて、教育委員会は適切な管理を欠いていたといわざるを得ない。」
「教育長は、出張用務を終えたときは、その概要を教育委員会等に報告しなければならないと考えるが、そのような報告を行ったとする書類を確認することはできず、適切な復命が行われたとはいえない。

意見全文引用)
「 本件監査の結論としては、上記のとおりであるが、監査を実施する過程において、教育長の勤務状況や出張の復命について、関係職員の説明をそのまま肯定することができるような直接の証拠は乏しいものがあり、市民の目線に立てば、教育長が職務に従事していないとの印象を与えたものと思われる。また、教育行政の責任者として、服務規律の厳正な確保を指導する教育長の服務に係る記録の管理が不適切であったことは、大変遺憾である。
教育委員会事務局は、請求人からの行政文書公開請求等により改善の機会を得ていたにもかかわらず、事実確認や見直しを怠ったことが原因となり、今回の住民監査請求につながったと考えられ、市民にこのような疑念を生じさせないためにも適宜改善し、適切な管理に努めるべきであったと考える。
ついては、教育長の服務に係る記録について検証するとともに、今後の管理体制の構築と適切な運用を図るべく措置を講じることを強く求める」というものでした。

 監査委員3名の構成(税理士1名+新政クラブ元議員+現議員。※現議員は監査当時病欠。「新政クラブ」は当時の会派名)を考えたら、結果こそ「棄却」とされましたが、見方によればこれが精一杯と言えるかもしれません。
とりわけ、「関係職員の説明をそのまま肯定することができるような直接の証拠は乏しいものがある」や、「服務規律の厳正な確保を指導する教育長の服務に係る記録の管理が不適切であった」との「意見」は、提出された27種類に及ぶ証拠書類を認めざるを得なかったと言えます。

■池野教育長の見苦しい「言い訳」
 教職員の気持ちも考えてもらいたい。          「関係職員への事情聴取」によると、池野教育長は、5/11の13:30~17:15は翌日の地域行事出席の勤務時間に充てると職員に報告していた」そうです。
ただし、
監査委員が「関係職員の説明をそのまま肯定することができるような直接の証拠は乏しい」と述べているように、この話は全く信憑性がありません。このブログをお読みになっている方もおそらくそう思うでしょう。
今回の住民監査請求は8か月かかっていますが、その間に教育総務課職員からそのような話はただの一度も聞いたことがありませんでした。結果が出されてから担当職員に確認しましたが、その職員も「私も初めて聞いた」とのことでした。このことは何を意味するのでしょうかあとから取ってつけた言い訳」そのものではありませんか。
また、5/16は出張と称して少なくとも6時間のサボリ時間が生じていますが、言い訳として「公務として博物館に行ったことを、生涯学習課長に口頭で報告した」などと今頃言っています。
それでは、なぜ2019年1月19日付けで情報公開請求された以下のことに反駁しなかったのでしょうか。

 上記の事実や証拠書類等から、池野和己教育長の2018516日の10:0817:15までの時間は<所定の給与を受給しているにもかかわらず、池野教育長が「全国都市教育長会議」に出席すると称して、勤務の実態が無く、全く空白になっている時間>であることが露見したものであると請求人は主張いたしますが、請求人のその主張に対して反証・反駁するに十分な証拠書類・文書・資料等で、上尾市教育委員会が保有するもの(を開示請求します)。

この請求に対する「処分」は、「文書不存在」でした。そのうえ、担当の職員は「反証・反駁することはできません」と明言しています。
池野氏が公務として博物館に行って、それを口頭で報告したことが事実であれば、なぜそのことを伝えなかったでしょうか。まさに「後で考えた言い訳」そのものであり、見苦しいし、恥ずかしいことこの上ありません。
さらに、「上尾市は刀剣を文化財として収蔵していることから、刀剣を多数所蔵している一関博物館に行った」との言い訳を正当化するためか、それとも(考えにくいですが)偶然なのか、生涯学習課は「はじめての刀剣講座」を開催しました。この講座について情報公開請求したところ、案の定、住民監査請求が出されたあとで起案・決裁がされていました。
正直な感想としては、「言い訳するためにここまでやるのか!」という気持ちになります。

 教育長からの通知文で、「厳正な服務」を強いられている市内の多くの教職員は、こうした教育長の「でたらめ服務状況」を知ったら、おそらく、「ひどい話だ…そんな池野教育長にはいろいろ言われたくないよ」と率直に思うのではないでしょうか。

 

上尾市教育委員会の「不都合な真実」その6

 

記事No.9

 前記事で、公用車の恣意的な使用問題とは別の、教育長や市教委事務局にとっての「不都合な真実」が露見したことに触れました。今回はそれについてお伝えしますが、内容としては、今年2月に館の住人(このブログの筆者)が起こした「住民監査請求=上尾市職員措置要求」へとつながっていくことになります。

■教育長のデタラメな「月別勤務表」が露見!
 <昨年5/11の午後1時頃、横浜から公用車で都内の自宅まで送らせた>ということは、記事No.7で市民のみなさんにお伝えしました。
同じ月、池野教育長は、岩手県一関市で開かれた「全国都市教育長協議会」なる会合にも出向いていることが判明しました。そこで、2018年5月分の「教育長の勤務の状況が判別できる月別表」を開示請求したところ、次のことが判明しました。

5/11の業務内容(月別勤務表)では夜間まで「関東地区都市教育長協議会」となっていますが、実際には午後1時頃帰宅(4時間のサボリ)

5/16~5/18まで「全国都市教育長協議会」となっていますが、実際には、必要もないのに前日の朝から岩手へ行っています(往路所要時間と「休憩時間」を除いても、6時間のサボリ)

つまり、池野教育長の昨年5月の勤務の中で、少なくとも10時間のサボリ時間が露見したのです。

※開示された文書をPDFで示せればよいのですが、画面にupすると、鮮明な画像でなくなるため、文章で説明しています。

 もしも5/11の午後、または5/16に市教委事務局に教育長宛ての電話がかかってきた場合、「教育長は関東地区(or 全国)都市教育長会議で不在です」と相手に伝えたことでしょう。事実は5/11午後は教育長は自宅で昼寝でもしていたかもしれないのに、です。

■「月別勤務表」の中の「お休み」ってなあに??
 教育長の「月別勤務表」の中の、5/1(火)・5/2(水)・5/14(月)の業務内容は「お休み」と書かれていました。
断言しますが、市内小中学校に勤務する教職員で「お休み」などという休み方をしている方は、誰一人いません。年次有給休暇であれば「年休届」を提出したうえで休むのが当たり前です。「お休み」などという休み方は、勤務時間・休暇条例・規則のどこを探してもありません。
疑問に思い、教育長が提出すべき「有給休暇の届」を情報公開請求しましたが、結果は何と「文書不存在」。つまり、何の手続きもせずに池野教育長は月に何度も「お休み」していたのです。

■市内教職員には厳しい通知を出す一方で、
 教育長自らの勤務は…
 池野教育長が悪質なのは、市内の教職員には「綱紀粛正」や「服務の規律を」などと通知を出しておきながら、自分の勤務は実にデタラメだということです。  情報公開請求により入手した、「綱紀粛正」や「服務規律」関連の通知は、教育長就任以降448枚にも及んでいます。こうした教育長のデタラメ勤務の実態が市内の教職員に知れわたったら、市教委の「威信(あればの話です)」が失墜するのは明らかです。

■市教委事務局は「忖度」と「黙認」
 池野教育長の、このような恣意的というよりデタラメな勤務の状況を放置していた市教委事務局の責任も大きいと言わざるを得ません。
教育長も勤務時間や休暇は条例が適用されるのですから、どうやって年次有給休暇の残日数を把握していたのか、これも情報公開請求によれば「文書不存在」とのことです。
教育長から「何日と何日は休むから」と口頭で伝えられ、年次有給休暇なのか特別休暇なのか、勤務の割振り変更なのかも確認せず、担当者は言われるがままに月別表に打ち込んだだけなのでしょう。
それを教育総務課長も部長も黙認していたという「不都合な真実」であることは明白です。

■いよいよ「住民監査請求」へ 
 以上のように、池野教育長に「サボリの10時間」が生じていることが明白になったことから、池野教育長に上尾市から支払われた 2018年5月分給与の一部(10時間分)を、上尾市に返却するよう求める「住民監査請求」を起こすことになります。
そこで
言及された、監査委員から池野教育長と市教委事務局への「厳しい意見」とはどういうものであったかは、次の記事でお伝えします。

 

 

 

 

 

 

 

上尾市教育委員会の「不都合な真実」その5

記事No.8

※この記事は「ビジネスゲームの館」への投稿を、現時点の状況に合わせて加筆・修正したものです。

■「政治的中立」が強く求められるべき市教委だが…
前記事では、池野教育長が昨年メルパルク横浜に行った際の「公用車使用」には、合理性も必然性も無いばかりか、公費(=市民の血税)支出の面でも明ら かに無駄遣いであるという問題について、事実を示しながら言及しました。今回は、もう一つ別の例を示すことで、教育長がいかに恣意的に公用車を使用しているか、また、それを黙認している市教委事務局の姿勢にも問題があることを指摘したいと思います。

■教育長が「新政クラブ(※解散前の名称)との夜の懇親会」へ出席した際に、公用車を使用した問題 
 まず確認しておく必要があるのは、市教委のHPに「教育委員会のあらまし」として掲載されている次の文言です。

 「地方公共団体が処理する教育関係の事務については、その政治的中立を維持することが強く要請され、また行政の安定性、継続性も求められていることから… 教育委員会が置かれることとされています」

 上記のとおり、市教委は、「地方公共団体が処理する教育関係の事務(=上尾における教育行政)については政治的中立を維持することが強く要請され(ている)」とHP上で明確に掲げています
それにもかかわらず、公用車の「車両運転日報」によれば、2018.07.02、市議会の特定会派である「新政クラブ」(現在は解散。所属議員の大半は「彩の会」に移っています)の夜の懇親会に教育長が出席し、深夜、自宅まで公用車で送り届させていた(つまり公務ということになる)という事実が露見しました。
市教委が「政治的中立を維持することが強く要請される」と謳っていることと、「市議会特定会派の夜の懇親会に出席し、公用車で(つまり公務として)自宅まで送らせる」ということとの間に整合性が取れているとは、到底考えられません。
百歩譲って、このことが正当化されるのであれば、市教委としてその正当性の根拠となる文書や資料等を保有しているはずであり、さもなければ市民に説明がつかないことになります。
教育長のこの行状は看過できないため、根拠となる文書・資料の情報公開を求めましたが、「文書不存在のため非公開」というものでした。すなわち、何らの根拠も無く、教育長は上述のような行状に及んだことになります。
館の住人(このブログの筆者)は、何らかの文書等はあるはずとの観点から、この「処分」に対して不服であるため、昨年9月に「審査請求書」を提出しましたが、3月に口頭意見陳述が開かれて以来、現在まで何の連絡もありません。

■公用車が使えるのは「公務で使用する」から。
 前記事でも指摘しましたが、公用車を使用するためにはそれなりの経費(=税金)がかかります。当然、予算・決算(=公用車使用は「車両運転事業」)があり、監査もあります。それにもかかわらず、教育長が使用する公用車に関しては「予算や監査のことは考えず、どうぞご自由に使ってください」ということなのでしょうか。

「上尾市車両管理規程」では、次のように定められています。

第10条 車両は、公務で使用する場合以外は、使用してはならない。但し、公益上特別の事由があると市長が認める場合はこの限りでない。
 2 車両の使用時間は、勤務時間内とする。ただし、市長が特別の事由があると認める場合は、この限りでない。 

 すなわち、公用車は「公務で勤務時間内に使用する」ものなのです。それぞれの「ただし書」は例外規定であろうと思われますが、毎回毎回市長が認めているとも思えません。結局は恣意的な使用が黙認されているのでしょう。
教育長は、こうした自らの行状について“まさか市民から指摘されることはないだろう”と高を括っていたかもしれませんが、市内の保護者や児童生徒に向かって「自分の取った行動は、人格高潔(注:地教行法の引用)である教育長がすることです。なお、これについての根拠となる文書はありません。」と胸を張って言えるのでしょうか。
情報公開請求の処分通知の際の口頭説明では、市教委事務局は教育長に対して「市議会特定会派との夜の懇親会に、しかも公用車を使用して出席するのは、市民的視座からもよろしくないのでは」などのアドバイスなどを全くしていないということです。
 結局は「教育長がどんなことをしても(しようとしていても)、何も言えない」、つまり「忖度と黙認」とがまかり通っている証左ということになります。

■調べていくと、「不都合な真実」が出るわ出るわ…
 ところで、こうした公用車使用に関しての情報公開請求や審査請求の過程で、教育長の動静(勤務の状況がどうなっているか)についての文書等の開示を求めたところ、公用車の使用問題とはまた別の、教育長や市教委事務局にとっての「不都合な真実」が露見しました。
これが「住民監査請求」に繋がっていくわけですが、そのことについては次回以降お伝えしていきたいと思います。

 

 

上尾市教育委員会の「不都合な真実」その4

 


記事No.7

※この記事は「ビジネスゲームの館」への投稿を、現時点に合わせて加筆・修正したものです。

公用車使用問題をはじめとした「忖度」と「黙認」

   残念なことですが、市役所7階では、池野教育長への「忖度」と「黙認」がまかり通っているとしか考えられない実態があります。
 館の住人(このブログの筆者)がおこなった情報公開請求等により、通常では見えにくい上尾市教委(&事務局)の実態が少しずつ明らかになってきました。それらの問題点について、このブログを通じて、可能な限り市民のみなさんと共有したいと思います。
 できれば、教育長・教育委員・事務局の全員が現状の問題点と真摯に向き合い、一日も早く「市民的視座に立つ市教委」へと転換することを望むものです。

■教育長の公用車問題
 現在、
市長や教育長が使用している公用車は4台あります。市長および市議会議長はそれぞれ専用車(どちらもクラウン)。総務課が管理している2台は教育長(主にエスティマ)と副市長(主にカムリ)。
以上4台の公用車がどのように使われているのかについて、市民はよく知らないのではないでしょうか。
このブログでは、池野教育長の「公用車の使い方」を取り上げます。
情報公開請求では、教育長が使用する公用車についての「車両運転日報」の開示を求めることにより、行き先や目的、乗車人員、走行距離等を明らかにすることができます。
情報公開請求で今までに判明したことは-
*市教委事務局教育総務課は「公用車の使用基準は無い」と主張しています。
※この主張は市民としてとても信じられない話です。県内ならどこに行ってもOKなのか、泊を伴うのはNGなのかなど、「こういう場合は公用車を使える」という基準が必ずあるはずですが、「そういう基準となるような文書や資料等は無い」と言い張るのです。
※これについては、市民として到底納得できないため行政不服審査法に基づき、現在「審査請求」中です。

■公用車を使用しての「メルパルク横浜」行について
 前記「審査請求」のきっかけとなったのは、池野教育長の次のような公用車使用についてです。
◇池野教育長は、2018年5/10~5/11に「関東地区都市教育長総会」という会合に参加しています。
会場は「メルパルク横浜」で、電車で行けば、みなとみらい線「元町・中華街駅」から徒歩1分の至便な場所にあります。

◇5/10朝、教育長の自宅のある都内某所(公開された車両運転日報から、場所は容易に推測可能ですが、ここでは控えます)まで上尾からわざわざ公用車(エスティマ)を迎えに来させ、横浜まで高速道路を使い、会場の「メルパルク横浜」まで送らせています。
 教育長は当夜は宿泊したと思われ、公用車は5/10の夜に横浜から上尾に戻され、翌日5/11の朝7:40に上尾市役所を出発しています。早朝出発の理由について、担当課である市総務課は「渋滞の発生等に備え、時間に余裕をもって出発しました」と説明しています。
 横浜で教育長を乗せた後、公用車の「ETC記録簿」によれば、すでに11:30には高速に乗っています(日程表では、分科会は11:00までとなっています)。
13時頃、教育長を自宅付近で降ろし、公用車は14:20に上尾に帰着しています。
 教育長によるこうした「公用車の使い方」について、次の疑問が生じます。
ア.5/10・5/11は平日ですが、別の日の運転日報により、池野教育長は平日の朝は公用車を使用しないのが通例です(都内の渋滞を避けるためか)。
それ
にもかかわらず、上述のような使い方をしていますが、会場の「メルパルク横浜」は交通至便な場所にあることから、普通に考えれば電車で行くのが極めて合理的です。
イ.公用車使用の場合は10,540円(ETC利用、燃料費は請求人(=館の住人のこと)の試算によります。運転手人件費は算定していません)。
一方、電車利用では往復で2,188円で済みます。
つまり、少なくとも8,352円余計に上尾市の財政からの支出となり、これは明らかに公費の無駄遣いです。こうした使い方に対して監査が入ったら、教育長および市教委事務局はどう弁明するのでしょうか。

ウ.最も重要な点ですが、教育長のこうした行動に関して、「公用車の使用に関する基準あるいはそれに類した文書・資料等」の情報開示を求めたところ、信じがたい話ですが、『文書不存在のため非公開とする』との処分が通知されました。

■「公用車の使用基準が無い」という不思議さ
 以上の「教育長の公用車使用問題」については、市教委が「公用車使用に関する基準や目安になる文書・資料は無い」と主張している点や、かかった経費の問題は看過できません。
 『前教育長の公用車使用状況など、資料を探す方法はあるはずではないか』と指摘しましたが、それに対し、「記録はあるが、基準や目安にはならない」と市教委は主張しています。
 一般的な話としても、仕事の後を引き継いだら、「従前(前任者)はどうしていたか」を一つの目安とすることは自然なことです。その意味でも、市教委が「文書不存在」に固執するのは理解に苦しみます。
おそらく市教委が一番嫌がるのは、市民サイドからまっとうなことを指摘された際に、「確かにそうだ」と反省することなのでしょう。

■「審査請求」について
 処分(この場合は文書不存在による非公開処分)に納得できない場合は、市民として「上尾市情報公開・個人情報保護審査会」(以下、「審査会」)あてに審査請求を出すことができます。
 上述の処分については、到底納得できないことから、館の住人は2018年9月に審査請求書を提出しました。なお、上尾市の「審査会」は弁護士2名と大学教員1名で構成されています。
 審査請求後、半年経過した今年3月に口頭意見陳述が開かれましたが、それ以降、審査会からも、窓口になっている市総務課からも何の連絡もないのです。全くおかしな話です。

■教育長と市教委事務局にとっての「不都合な真実」
 以上のように、教育長による極めて恣意的な公用車の使用と、市教委事務局が市民に対して「公用車使用の規準や目安など無い」と主張していることは、まさに上尾市教育委員会の「不都合な真実」と言えるものです。
 こうした事実は、情報公開請求によって初めて露見したことです。平日で車が込み合う中、自宅まで公用車を呼び寄せ、横浜まで高速を利用し、当日その車を上尾に帰したうえ、翌日は横浜まで迎えに来させ、自宅まで送らせることには、必然性も無ければ合理性もありません。それを黙認し、「文書など無い」と主張する市教委事務局ですが、実はこれ以外にも教育長の「不都合な真実」はあるのです。
それは次回以降にお伝えします。

 

 

 

 

 

 

 

 

上尾市教育委員会の「不都合な真実」 その3

記事No.6

上尾の教育委員は「お飾り」同然

■「教育委員」と「教育委員会事務局」とは、似て非なるもの。
 上尾市役所7階に行くと、進行方向左側に事務机が並び、数多くの職員がいます。そこが「上尾市教育委員会事務局」です。
 ちょっと紛らわしいですが、「上尾市教育委員会」とは、<教育長+教育委員5名の合議体>のことです。ちなみに教育長は常勤、教育委員は非常勤で、ほぼ月に1回開かれる定例教育委員会に顔を出します。
 教育施策や事業についての実務は「事務局」の職員が担当し、定例の教育委員会に一応「お伺い」を立てますが、後述するように、事務局の案は全部追認されます。
 教育長・教育委員の氏名は
こちら(下へスクロールすると名前と顔写真が出てきます)。現在のメンバーは、元校長や、市内で有名な石材店の社長さんなどが教育委員となっています。また、地教行法の定めにより、教育委員の中には保護者を入れることとされています。

■「教育委員会」の「議決」について
 定例会・臨時会を問わず、上尾市教育委員会の会議での「議決」は、情報公開制度開始のH12年度以降、約20年にわたり、一度の例外も無く「全員一致」です。上尾市教育委員会事務局(教育総務課)による説明では、「おそらく、H12年度以前も議決の賛否が分かれたことは無いと思われます」ということです。実際、会議録に目を通せば明らかですが、「身内」である市教委事務局による提案や説明を聞き、表面的な質問をし、追認するのが定例の教育委員会です。
 「大所高所からその基本的な方針などを決定する」(市教委HP参照)はずの教育委員会ですが、長きにわたって一度も賛成・反対が分かれたことが無いという事実を、市民にどう説明するのでしょうか。

<検証>2019年5月定例教育委員会での教育委員の発言の様子
◇議案5件  → 「質疑・意見ともにゼロ
◇全ての議案について
 →「(教育長)ご異議ございませんか」⇒「異議なし」
 ※全員一致で全て原案可決

◇報告事項14件について
 →4人の教育委員が一言二言質問。事務局の説明に「わかりました」
  1人の教育委員は、14件の報告事項について、全く口を開かず。
(以上は、上尾市教育委員会2019年5月定例会 会議録によります)
※全部で19件の議案や報告事項の議決に要した時間は62分でした。
 ちなみに教育委員の月額報酬額は、職務代理者の細野氏が75,000円。中野氏・大塚氏・内田氏・小池氏は64,000円です。
 一言も発言せず、頷くか小声で「異議なし」と言っただけの教育委員もいますが、この委員の5月の任務がこの会議出席だけだとすれば、時給(正確には62分)64,000円となります。うらやましいというか、情けないというか…

■今こそ「レイマンコントロール=住民による意思決定」への転換を
 館の住人(このブログの筆者)は、文科省の方針がすべて正しいなどとは決して考えてはいませんが、以下に示す文科省「教育委員会制度の特性」には首肯するところが多々あります。  今こそ、行政・市民が一体となって「レイマンコントロール=住民による意思決定」を機能させ、「本質的な教育問題」について、市民がフランクに語り合える場を設定し、活用する必要があると考えます。

 (参考)[教育委員会制度の特性]
①首長(市長)からの独立性  行政委員会の一つとして、独立して機関を置き、教育行政を担当させることにより、首長(市長)への権限の集中を防止し、中立的・専門的な行政運営を担保
②合議制  多様な属性を持った複数の委員による合議により、様々な意見や立場を集約した中立的な意思決定をおこなう。
③住民による意思決定(レイマンコントロール)  住民が専門的な行政官で構成される事務局を指揮監督する、いわゆる レイマンコントロールの仕組みにより、専門家の判断のみによらない、広く地域住民の意向を反映した教育行政を実現。

 

 

 

上尾市教育委員会の「不都合な真実」 その2

記事No.5

「点検評価報告書」の実態

教育委員会の「点検評価」は、法律で定められている義務 
 前記事で、上尾の現教育長である池野和己氏の「教育長就任」についての不明瞭さについてお伝えしました。
 これは、「地方教育行政の組織及び運営に関する法律」(地教行法と略す)という長い名前の法律が一部変更され、市長が教育長を任命するようになったことが背景としてあります。
 この変更も含め、地教行法は県や市町村の教育行政について規定していますが、そのひとつに「教育委員会の事務に関する点検評価報告書」があります(第26条)(ここでいう「事務」とは、教育委員会による施策や事業実施のことを意味します)。
 すなわち、≪教育委員会は、権限に属している事務について自ら点検評価し、議会に報告し公表しなければならない≫というものです。
 地教行法の変更に関して周知を図る目的で文科省から出された通知文には、次のように明記されています。

 『点検及び評価の客観性を確保する観点から、法律において、教育に関し学識経験を有する者の知見を図るものとされてている趣旨に鑑み、学識経験者として、保護者や地域住民の意見を聴くことにするなど、更なる改善を図ることも考えられること』

 では、この観点からみたとき、上尾市教育委員会はどうでしょうか?

あり得ないことが実際に起きてしまった上尾市教委
 このように、「教育委員会の事務に関する点検報告書」については、『点検及び評価の客観性を確保する観点で』学識経験者の意見を聴く、ということが文科省の通知でも言及されています。
 ところが、上尾市教委では、次のような信じがたいことが実際起きているのです。

 H29年度の「上尾市教育委員会の事務に関する点検評価報告書」は、前年度(H28年度)の施策事業を対象として点検・評価するものです。
ところが、<客観性を確保する>はずの「学識経験者」の中に、なんとH28年度上半期まで教育委員だった吉田るみ子氏が入っているのです。
 もともと、「教育委員会」とは、教育長と教育委員の合議体であり、執行機関としてすべての自治体に置かれ、上尾も例外ではありません。
 
上尾市教委のHPにも「教育委員会のあらまし」としてそのことが書かれています。つまり、吉田るみ子氏は、「自分が教育委員だったときに執行した対象事業を、自分で評価している」ことになります。 

上尾市教委の「点検評価」は《身内の、身内による評価》そのもの
 以上の実例は、上尾市教委による「身内の、身内による点検評価」そのものであり、<客観性を確保する>姿勢など微塵もありません。

 では、どうしてこのようなことになってしまうのでしょうか。
 おそらく、「適当な人がいない=探す努力をしていない」ことが原因でしょうが、自分たちの《ムラ(集団)》の中だけで解決しようとするから<人がいない>のです。
 文科省の通知にもあるように、「学識経験者」の定義自体があいまいなのですから、市民から公募するという手もあります。そうした本来的な意味での市民的視座を取り入れることが、現在の上尾市教委には求められているのではないでしょうか。

 

上尾市教育委員会の「不都合な真実」 その1

[記事No.2]

※以下の記事は、ブログ「ビジネスゲームの館」への投稿を、その後の状況に合わせて加筆・修正したものです。

「教育長」就任の不明瞭さ

 館の住人(このブログの筆者)は、何の後ろ盾も無い、ひとりの上尾市民として、上尾市教育委員会(以下、市教委)に対して情報公開請求をおこなっています。情報公開請求制度は、条例で定められたとおり、市民の「知る権利」や「市政に参画する権利」を保障するものです。
 このブログでお伝えする内容のほとんどは、情報公開請求で得た文書や実証的データ、市教委が公開している資料、あるいは市教委事務局の担当者の説明等を根拠にしています。

 多くの上尾市民の方にとって、今の上尾の教育長が誰なのか、ましてや「教育長がどのようにして選ばれているのか」については、関心が無いかもしれません。
 しかしながら、現在の上尾市の教育行政による施策が、本当に子どもたちのことを考えておこなわれているのか否かを検証することは、決して無駄なことではありません。
 なぜならば、学校現場で日々忙しく働く教師たちが、真の意味で「子どもたちと向き合う時間が保障されているのか」、それとも、「市教委から余計な仕事を押しつけられ、多忙化を強いられ、その結果子どもたちに向き合う時間が減らされているのか」を見極めることに繋がるからです。 様々な事実を基にして突き詰めていくと、「上尾市の教育行政が抱えている闇」、つまり「上尾市教育委員会の不都合な真実」が見えてくると言えます。

 今回は、上尾の現教育長(池野和己氏)は、もともとは逮捕された前市長から「指名」され、市議会が承認(追認)して今の職に就いたという事実から、そこに「就任にあたっての正統性」を見出すのは市民的視座から甚だ疑問である、ということをお伝えします(なお、池野氏は現畠山市長から「指名」され、今年3月の市議会で追認されています)。

 「地方教育行政の組織及び運営に関する法律」(略称:地教行法)について知っているという方は、教育行政に精通していると言えます。
実はこの地教行法は、ここ数年で大きく改正(変更)されています。
その主な変更点は、
①「総合教育会議」の設置(市長が教育委員を招集しての会合。上尾では2018年度は2回実施され、結果は
市役所HPに掲載されています)
②「新教育長」への変更(市長が指名し、市議会で承認(追認))
③「学校運営協議会」の設置(地域住民や保護者の学校運営参画)  などです。

 ここでは、②の「新教育長」への変更を取り上げます。改正された地教行法により、2015(H27)年度から教育長についての扱いが変更されました(移行措置により、上尾市では2016(H28)年度から)。
 具体的には、従前は教育委員の互選で教育長を選任していましたが、改正後は「地方公共団体の長」(上尾では市長)が議会の同意を得て(実際には「追認」が実態ですが)任命することとされたものです。

 実際、前の岡野栄二教育長は2006(H18)年10月2日(月)に教育長に就任しています。岡野氏は同年9月末日まで上尾小校長でした。
それを「自己都合」で辞めて、瞬間的に教育委員になり、「全員一致」で教育長に推薦されています。はっきり言って、これは「筋書き通り(出来レースとも言います)」であり、岡野氏にとって「全員一致での推薦」は必須条件だったのです。ただ、筋書きを誰が書いたかは、市民には分かりません。

 岡野氏の後任の池野氏の「新教育長就任」にあたっては、一つの大きな疑問が生じます。上尾の場合は、市長と議長が逮捕され有罪判決を受けるという、全国的に大恥をさらした未曾有の事件があったわけですが、その前市長が逮捕前に池野教育長を「指名」し、それを受け上尾市議会が「同意=追認」しています。
 地教行法改正にあたり、首長(上尾の場合、市長)と教育長の関係性について、文科省では次のような見解を示しています。

  「新制度では、首長が教育長を議会の同意を得て直接任命することにした(4条1項)。これにより、首長の任命責任が明確化されることとなる。」

   文科省は「首長の任命責任が明確化される」と明言しています。
 ところが、上尾では首長が逮捕されるという、前代未聞の事件が現実に起きてしまいました。これでは、首長の任命責任どころの話ではありません。逮捕された市長が任命した教育長は、その就任についての正統性は「限りなく黒に近いグレー」と言われても仕方がないのです。 

    館の住人は「なぜ、どこから現教育長である池野氏の具体的な名前が出て来たのか、についての経緯が判別できる文書・資料等」(つまり、市議会で「同意」される前の段階がどうであったのか)の情報公開を求めましたが、「文書不存在のため非公開」の処分が下されました。
 すなわち、逮捕前の市長が池野教育長を指名して、市議会で同意を得たということは周知の事実には違いありませんが、市議会に提案する以前の「教育長指名」の経緯に関する文書・資料等は存在しないというのです(闇の中であり、まさに「不都合な真実」です)。
  池野氏を教育長として指名した市長が逮捕されたという経緯の中では、「教育長就任についての違法性の痕跡」を探すのは困難かもしれません。しかしながら、市民的感覚としては、池野氏の「教育長就任」についての「正統性」が認められるかと言えば、決してそのようなことはなく、甚だ疑問であると言わざるを得ないのです。
 そう考えると、池野氏が市教委事務局学校教育部長から学校現場に異動する際に、極めて例外的に、上尾中ではなく上平中を「選んだ」のも、前市長の地元であり、その後の教育長「就任」を考えてのことであったという推測が成り立つことになります。本来であれば新しい市長に代わった時点で、再度市議会に同意を求めるべきであったと管理人は考えています。

 実は、このようにして就任した上尾の「教育長」と、教育長を取り巻く「事務局」には、数々の問題点があることが、次第に明らかになっていったのですが、それについては次回以降お伝えします。