「何であるか」と「どうするか」

記事No.104

■大学通信教育課程での学び
若い頃に大学生だった時代は、日々アルバイトに明け暮れていたせいもあり、真剣に学んだ記憶がほとんどありません。その反動のせいか、ここ10年ほど、大学の通信教育課程で学んでいます。最初は京都の芸術系の大学で美術史を学びました。ちなみに卒論テーマは[鈴木其一《夏秋渓流図》考]でした。江戸琳派の絵師であり、酒井抱一の高弟でもある鈴木其一の作品を題材にしたもので、関連する美術展に何度も足を運んだ覚えがあります。

今は都内の某大学文学部の通信教育課程で学んでいます。何年か続けていれば履修単位が増えていくのは当然ですが、卒業要件の単位はほぼ取得し、来年9月の卒業を目指して卒論(図書館情報学関連)に取り組んでいるという状況です。

そうした学びを続ける中で、考えさせられることがあります。それは「何であるか」と「どうするか」という二つの〈問い〉です。

■普遍的な二つの〈問い〉
上述の二つの〈問い〉は汎用が可能です。たとえば、「教育とは何であるか」&「どう教えるか」、あるいは「政治とは何であるか」&「政治的課題をどう解決していくか」、「戦争とは何であるか」&「戦争を無くすにはどうするか」など、狭義・広義を問わず、多くの事柄やテーマがこの二つの〈問い〉に収斂されます。

では、ブログ筆者の関心事でもある「(上尾市)教育委員会とは何であるか」&「教育行政をどうするのか」という二つの〈問い〉についてを考えてみます。

■教育委員会とは「何であるか」

(上尾市)教育委員会(事務局を含む)とは何であるか 
※市教委HPと情報公開請求等に基づくブログ筆者の見解を含みます。
🔶上尾市教育委員会は教育長と5人の委員により組織され、教育、学術および文化に関する事項について大所高所からその基本的な方針などを決定します。
🔶逮捕市長が池野氏を教育長に選んだ理由が分かる文書は不存在。
🔶各教育委員が就任の際、なぜその人の名が出たのか、その理由が分かる文書も不存在。
🔶教育委員各氏が自ら企画立案した案件は一度もありません。
🔶上尾市教委は、基本的には市教委事務局の方針を追認する装置であり、議案の採決は過去20年にわたり<全員一致・異議なし>です。
🔶6月からの学校再開の際、臨時の教育委員会を招集すること無しに土曜授業や夏休みの大幅短縮を決めてしまいました。
🔶以前夏休みを1週間短縮した際の教育委員会会議は、市民には非公開とされました。
🔶学校教育部長の学校への異動は上尾小や上尾中(池野氏の上平中への異動は別の理由=逮捕市長の地元への異動)に偏っていますが、そのことの不自然さを指摘する教育委員はいません。
🔶教育長の行状に対するcheck機能(文科省が示すレイマンコントロール)は、教育委員各氏は全く果たしていません。
🔶上尾市教委は各学校に対して「委嘱研究」を強制しており、上平小では本発表の前月、141時間以上の時間外勤務をしている職員がいることが市議会本会議の質問で露見しました。
🔶上尾市教委は給食費の無償化について否定的です(議会答弁)。
🔶市独自の30人程度学級について、市教委は以前高い自己評価をしていましたが、現在はその方針を取っていません(議会答弁)。

以上のように、視点によって様々な面が指摘できますが、「上尾市教育委員会とは何であるか」と問われれば、<基本的に教委事務局の方針を是認したうえで、表面をそっと撫でるような質問や意見を述べ、議案は例外なく全員一致で採択する装置>と定義できるでしょう。

■「では、教育行政をどうするのか」
以上見てきたように、様々な視点から「上尾市の教育委員会とは何であるか」ということについて定義することができます。しかし、子どもたちを学校に預けている保護者や市民にとっては、何と言っても次代を生きる子どもの成長が一番大切です。それゆえ、「教育行政は、これ以上先生方を忙しくしないでほしい」などの保護者や市民の願いを率直に受け止め、改善の方向に向かってほしいと考えるのが自然です。では、そのためにはどうすればいいのでしょうか。

上尾市の教育行政をどうするのか(どう改善させるのか)。
上尾市の教育行政の実態を市民に知らせることです。その方法としては、ブログやツイッターでの発信、市民団体のニュース(紙媒体含む)、学習会、市議会での質問、あるいはテーマごとの署名活動(給食費無償や30人学級実現要求)などが考えられます。
情報公開請求や住民監査請求も有効です。当ブログでも書いてきましたが、情報公開請求は単に文書の存否を確認するものではなく、教育委員会側に市民からの視点に基づくまっとうな指摘を気づかせる役割があります。
市民と教育長・教育委員との懇談を実現させることが必要です。その場合、要望や要求を伝えるのとは別に、教育論に発展するようなテーマ設定が良いと思います。「上尾の教育について」などと範囲を広げてしまうと、中身が薄くなってしまいます。たとえば「中学校の制服は必要か」などであれば、メディアも関心を持つかもしれません。大事なのは、教育問題について市民的議論を巻き起こすことです。

■バランスが大事
今記事で取り上げた二つの〈問い〉で大事なことは、「何であるか」と「どうするか」のバランスを考えることだと思います。とりわけ教育の問題については、ともすれば「どうするか」「どう教育するか」という〈問い〉が先行し、「教育とは何か」という基本的な〈問い〉が抜け落ちる可能性があります。現在の上尾市教育委員会の実態を市民や保護者に知らせ、市教委をより良い方向に向かわせるために、ブログ筆者も引き続きこのことについて考えていきたいと思います。

子どもに学ぶ color-blind(人種偏見がない)(6/10 追記あり)

(6/10 追記)NHKが「これでわかった!世界のいま(毎週日曜日放送)」のツイッター動画を削除し謝罪しました。問題の動画投稿は、ハッシュタグで「抗議デモ」とつけられているにも関わらず、人種差別で発生する命の格差には一切触れず、経済的な側面のみを取り上げたものになっているとの批判が殺到していたものです。
先日の検察庁法改正についても、ツイッター等を通じて、幅広い国民から反対の声があがったことは紛れもない事実です。政権や公共放送について「おかしい」と思ったら、たとえひとりの市民であっても声をあげていくことは大切なことだとブログ筆者は考えています。

(以下、今記事)
毎日の朝食の際、録画した<攻略! abcニュース英語>を見ています(というより、ほぼ聴き流しですが)。トランプ政権に対しても客観的に報道しているアメリカのニュース番組だと思いますが、今朝放送した内容には引き込まれました。 

記事No.86

■<攻略! abcニュース英語>とは?
 最初に、この番組についての簡単な説明をしておきます。主にアメリカ国内で今起きているニュースなど(最近はコロナ関係の話題が多いです)を5分で伝える番組で、流れは、次のようになっています。

まず英語字幕付きでニュースが流れます。
次に日本語字幕付きで再度同じニュースが流れます。
さらに、字幕なしで同じニュースが流れます。
今日の重要キーワードについての解説が入ります。
最後にもう一度、英語字幕付きのニュースが流れ終了です。

 放送日は日曜を除く毎朝5:45~5:50で、以前は<abcニュースシャワー>という番組名でした。今までの動画を見たい方はこちら(子どもには人種偏見がない、などのタイトルが出ています)。
短いニュースを、都合4回聞くことになるので、最後の4回目は、「何となくわかったような気になる」のが特徴です。

■今朝のabcニュースが伝えた内容とは
 アメリカ・ミネソタ州で白人警官に押さえ付けられて死亡した黒人男性ジョージ・フロイドさんを悼む声と、人種差別に対する抗議の声は日増しに強くなっています。この問題を番組では子どもの目線から取り上げています。以下はその内容です。

英語版
The other powerful memorial was right here in Brooklyn today.
Thousands here kneeling in solidarity right here in this park behind me, remembering George Floyd.
And what the people who gathered here, the families, the parents who brought their children, what they told us about why they came.
The little girl named Eloise, who was brought here by her mother, Marissa Kayser.
And mom, why did you come today?
Because it’s just so important.
Her mother says for Eloise, her two best friends are black boys, that her daughter is color-blind.
And she is determined to keep it that way. She loves everyone so much that it’s hard for me to really be…..
Children do.
Year, so, I, like, I just feel like if you lead with love, then those conversations happen later.
同番組の日本語訳
ブルックリンの追悼集会でも- 大勢がひざまずいて連帯を示し、フロイドさんを悼んだ。
集まった家族や、子を連れた親に参加した理由を聞いた。
この女の子(Eloise)は母親に連れられて参加した。
「参加した理由は?」
「大切なことだからです」
女の子は黒人の友達と仲が良く、人種偏見が無いため、このまま育てたいという。
「娘はどんな人でも大好きで…..」
「子どもはそういうものですよね」
「愛を大切にして育てれば、人種は気にならないはずです」

 この訳で、今朝のニュースの大意は伝わると思います。
キーワードは、color-blind (人種偏見が無い)。現在アメリカで起きている問題を象徴している語だと思います。
ところで、動画を見た方はお気づきでしょうが、女の子が手にしているプラカードに、BLACK LIVES MATTER と書かれています。
この意味を解説したサイトがこちら。アメリカの歴史について考えさせられます。

”コロナ疲れ”の方へ、ゴッホ気分で塗り絵はどうですか?

記事No.74

 コロナ禍の影響で、”stay home”が続く日々。なんとか正確なコロナ情報を得ようとしても、細かい字のグラフやデータばかり。それを見て頭がクラクラしてくるあなたは、もしや “コロナ疲れ” では?
今記事は、少し気分を変えて、ゴッホの〈塗り絵〉をご紹介します。

■ゴッホの塗り絵
 フィンセント・ファン・ゴッホ《アルルの寝室》が塗り絵になっています。プリントアウトして彩色し、自分だけのゴッホに仕上げるのはどうでしょうか。
塗り絵がダウンロードできるゴッホ美術館のサイトはこちら
ゴッホといえば、《ひまわり》が思い浮かびますが、所蔵している西新宿の東郷青児記念損保ジャパン美術館が、5/28よりSOMPO美術館として新しく開館予定。ぜひ無事に開館することを願います。
上記ゴッホ美術館サイトには、《ひまわり》の塗り絵も公開されています。

《アルルの寝室》塗り絵(ゴッホ美術館のオリジナルはもっと大きいです)
《アルルの寝室》彩色の見本です。

現在開館している美術館 & PC 絵画鑑賞

記事No.66

■大半の美術館は「休館」中ですが…
 現在、コロナウイルスの影響で、埼玉県内でも大半の美術館や博物館が休館中です。県立近代美術館(北浦和)は企画展を打ち切り、当分の間休館です。うらわ美術館(浦和)も同様。都内では上野の東博も休館中です。また、「上野の森美術館」では <VOCA展>(全国各地から未知の若手作家の優れた才能を紹介するという、現代美術を中心とした企画展)を開催中ですが、足を運ぶという方はさほど多くないでしょう。

 そんな中、県内で開館している美術館があります(この記事が出たときは状況は変わっているかもしれませんが)。
ひとつは、蕨の<河鍋暁斎記念美術館>。同館のHPには、

 幕末から明治前半の江戸・東京で活躍した狩野派絵師・暁斎の曾孫が設立した美術館。伝来の下絵・画稿類を中心に3000点余を所蔵。1,2ヶ月毎にテーマを替えて展示し、暁斎のバラエティに富んだ作品をご覧いただけます。

と説明されています。
江戸の絵師として活躍した河鍋暁斎(かわなべ・きょうさい)の話をすれば、それだけで何冊かの本になりそうです。一般的には酒宴の席で即興で描く「席画」が有名ですが、それだけではありません。
ニコライ堂や旧三菱一号館の設計で著名なジョサイア・コンドルが暁斎の弟子となり、『河鍋暁斎』を著していますが、そこには暁斎が狩野派を超越した絵師であることの他、使用する絵具、画法などがこと細かに描写されています。
ブログ筆者は、暁斎は江戸の絵師の中でも飛びぬけた才能の持ち主であると考えていますが、コロナ騒ぎが落ち着く日が来れば、いずれまた注目を浴びる絵師だと思います。

もうひとつは、東松山の<原爆の図 丸木美術館>です。
この美術館は、説明の必要がないくらい有名です。美術館のHPには次のようにあります。

 原爆の図丸木美術館は、画家の丸木位里・丸木俊夫妻が、共同制作《原爆の図》を、 誰でもいつでもここにさえ来れば見ることができるようにという思いを込めて建てた美術館です。
丸木夫妻は、広島に投下された原子爆弾の様子をいち早く目撃し、代表作となる《原爆の図》をはじめ、 戦争や公害など、人間が人間を傷つけ破壊することの愚かさを生涯かけて描き続けました。

 今回の新型コロナ感染防止のため、美術館内での朗読会等のイベントは中止を余儀なくされたようですが、今のところ開館はしているようです。半世紀以上にわたり、同じコンセプトで人々に訴えかける美術館の姿勢には敬服します。

■自宅のPCの中で「絵画鑑賞」
インターネット美術館などのサイトもありますが、ブログ筆者が時折見るのは、< Web Gallery of Art>です。
英語版ですが、[ENTER  HERE]から入ると、11世紀~19世紀までのヨーロッパの絵画や彫刻作品を見ることができます。
例えば、フェルメールの作品を見たければ、Artist  Indexの下部のAUTHOR に
Johannes  Vermeer  と入れ、SEARCH をクリックすれば、作品や解説、あるいは作家の伝記を見ることができます。
作家の英語名は、Wikipedia で調べればすぐにわかります。
たとえばカラバッジョ(Caravaggio)。Web Gallery of art では、〈204 pictures found〉つまり、204の作品を見ることができます。
ただし、シャガール(Marc Chagall)はブログ筆者のお気に入りの作家
なのですが、残念ながら、このサイトでは20世紀の作家は扱っていないので見ることはできません。
検索していけば、絵画鑑賞のサイトもいろいろ見つかると思います。コロナと雨で出かけられない今日のような日は、このような時間の過ごし方もいいかもしれません。

【追記】
◎東京駅八重洲口のアーティゾン美術館(旧ブリヂストン美術館)が、3/17から再開するそうです。以下、同館「お知らせ」より。

アーティゾン美術館は新型コロナウイルスの感染予防、拡散防止のため、3月2日(月)より休館しておりましたが、お客様に美術鑑賞の機会を少しでも多く提供するため、予定通りに3月17日(火)より再開いたします。
• 当館は日時指定予約制なので、時間枠の人数を制限することにより、展覧会をゆったりと鑑賞していただける環境になっています。
• また展示室は最新の置換空調システムを採用していますので、常時、空気が入れ替わる仕組みになっています。
ご来館に際しましては、当館ウェブサイトよりチケットのご予約をお願いいたします。

 予約制とはいえ、今の時期に再開することを決めたというのは、少しうれしい気がします。

日々の所感 ーラウル・デュフィの展覧会ー 

 前々回までの記事で「市教委の委嘱研究の闇/上平小の実態」ということで、上尾市教委による強制的な「委嘱研究」が、いかに学校現場に弊害をもたらすかということをお伝えしてきました。市教委の強制的「委嘱研究」の弊害について、今後も続報を予定しています。

 今記事では、ひと息つき、「日々の所感」として館の住人(ブログ筆者)の好きな作家(画家)のひとりであるラウル・デュフィ(フランス)の展覧会の感想などを書きたいと思います。

記事No.45

■久しぶりのデュフィ 
 デュフィ展がパナソニック汐留美術館で開催されているのは知っていたのですが、なかなか行く時間が取れませんでした。今回の展覧会は12/15までで終了してしまうというので、昨日観に行ってきました。

 ラウル・デュフィの展覧会に最初に行ったのは、2001年だと記憶しています。新宿高層ビルの一角にある美術館(ゴッホ≪ひまわり≫を所蔵していることで有名)で、当時は「安田火災東郷青児美術館」でした(同美術館はその後名称が変わり、今は来年の再オープンに向けて準備中です)。デュフィの作品で印象的だったのは、楽器(とりわけ赤いヴァイオリン)、ニースの青い海岸、競馬場、それにオーケストラなど…。  デュフィの魅力は自由奔放な色彩だと思います。

 その後、銀座の画廊「ギャルリー ためなが」(2010年)や渋谷の「Bunkamura ザ・ミュージアム」で開かれた展覧会(2014年)にも行きましたが、デュフィ作品の所蔵については、日本国内ではなんと言っても「大谷コレクション」が有名です。

 「大谷」でピンときた方もいるかと思いますが、例のアベ<桜を見る会前夜祭>の「5千円パーティ(この金額ではどう考えても無理でしょう)」の会場となった、ホテルニューオータニの前会長、故大谷米一氏の鎌倉の瀟洒な居宅を改装して創設された「大谷記念美術館」の蒐集の中心となったのがデュフィの作品でした。

 大谷記念美術館は、鎌倉駅をはさんで、にぎやかで人通りの絶えない小町通とは反対側の閑静な住宅街にあり、ブログ筆者も何度か足を運びましたが、2009年から現在に至るまで「休館」となっています。

■今回の展覧会では
 展覧会のタイトルに「絵画とテキスタイル」とあるように、今回はデュフィの一連の色彩豊かな絵画と、フランス・リヨンの絹織物の会社のためにデザインしたテキスタイルの作品が展示の中心でした。
 ブログ筆者は、今回の展覧会で「大谷コレクション」の作品がどのくらい出されているのか(数えたら、全部で6点ありました)ということに加え、作品の脇につけられている「キャプション」をじっくりと読んでみたいと考えていました。

 今回展示されている作品の内、≪黄色いコンソール≫(1949年頃,油彩/キャンバス,93×81cm,大谷コレクション)です。

 この作品の脇につけられた「キャプション」(その作品についての短い解説)は、次のように書かれています。

 デュフィのアトリエに置かれたルイ14世時代のコンソール(※)とヴァイオリン。コンソールの鮮やかで微妙に色調が変化する黄色は、下部の壁の薄い青と調和する。また、ヴァイオリンと白く浮かび上がる楽譜の音符や鏡の縁の葉飾りは、朗らかなリズムを刻んでいる。絶対的なバランスでまとめ上げられ、画家の到達した一つの美術的頂点といえる名品。
  (※) コンソール=壁面の装飾や飾り棚に用いられるテーブルのこと。

 このキャプションは、おそらく美術館の学芸員によって書かれたと思われますが、短い字数の制約にもかかわらず、実に的確にデュフィの作品の細部にわたって観察をしたうえで、使われている色彩の特徴を言い表しているではありませんか。

 実はブログ筆者も、何年か前に京都の芸術系大学の通信教育で、このキャプションを書く「実習」をしたことがあります。短くまとめるためには、その作家(画家や彫刻家)が生涯にわたってどのような作品を創造してきたか、誰の影響を受けたのか、その作家の人生で大きな出来事はなかったか…などの知識も必要になってきます。
 私たちは美術展に行った際など、作品を観て、脇につけられたキャプションを読んで参考にすると思いますが、的確に書くためには、相当な知識と文章表現力が必要だと思います。

 パナソニック美術館は、スペースはさほど広くありませんが、今回の展覧会は、テキスタイルも含めて多くの作品が展示されています。この美術館はもともとジョルジュ・ルオーの作品を多く蒐集していますが、今回も途中でルオー作品の小部屋があり、悲しげなキリストの横顔が、太い輪郭線で描かれている作品も観ることができました。

◇ラウル・デュフィ展 絵画とテキスタイル・デザイン 
 2019.10.5 – 12.15  10:00 – 18:00 
 パナソニック汐留美術館(JR 新橋駅汐留口 徒歩8分) 

日々の所感 -こんな今だからこそ読んでみたい小説-

 今記事では、明後日(11/10) に東京都内で予定されている、天皇の交代を喧伝するパレードを念頭に置いて読んでみたい小説(柳美里『JR上野駅公園口』)について書いていきます

記事No.38

■小説のあらすじ
 柳美里(ゆう・みり)の小説『JR上野駅公園口』に登場する主人公は、1933(昭和8)年生まれ、福島県相馬郡八沢村出身です(1933年とは、前天皇の〈明仁〉と同じ年の生まれである点に要注目)。
 12歳で終戦を経験し、国民学校卒業後いわき小名浜漁港で住み込みでのホッキ貝採り、北海道浜中での昆布の刈り取り労働などの後、1963(昭和38)年には、東京に出稼ぎに来ています。仕事は翌年の東京オリンピックで使用する体育施設の土木工事でした。
 男には弟妹が7人います。妻の節子との間には浩一と洋子の二人の子がいますが、家族はとにかく貧しい生活を送ってきました。息子の
名前である浩一の「浩」の字は、同じ日に生まれた「浩宮」から一字取ったものです(浩一の生年月日は1960年2月23日、つまり現天皇〈徳仁〉と同じ日の生まれというのがふたつ目の注目点です)。
 この小説は、極貧の生活の中で郷里の家族を養うために出稼ぎを繰り返してきた、ひとりの男の人生を描いています。男にとって、突然訪れた一人息子である浩一の死は到底受け入れられないものであり、続いて妻をも亡くしたことから、生きる意味を失っていきます。
 男はその後上野「恩賜」公園でホームレスとなり、そこで天皇家の人々が博物館や美術展に来る際などに≪山狩り≫と称するホームレス排除を目の当たりにします。そして最期は山手線内回りの電車に飛び込んでの自死、ラストは、孫娘までが東日本大震災の犠牲になる様子が描かれています。小説の最初から最後まで、絶望的な貧困と、生まれながらの環境による〈不条理〉が描かれている作品です。

■上野公園での「山狩り」
 美術館や博物館などが多いこともあり、天皇家は頻繁に上野公園付近を訪れています。この小説の中では次のように書かれています。

 「天皇家の方々が博物館や美術館を観覧する前に行われる特別清掃「山狩り」の度に、テントを畳まされ、公園の外へ追い出され、日が暮れて元の場所へ戻ると「芝生養生中につき入らないでください」という看板が立てられ、コヤを建てられる場所は狭められていった」

 作者の柳美里は、小説の中で、声高に天皇制に対して異を唱えているわけではなく、地道な取材に基づいた事実を淡々と描いています。この作品の「あとがき」で柳美里は次のように述べています。

「2006年に、ホームレスの方々の間で「山狩り」と呼ばれる、行幸啓(注:天皇の外出)直前に行われる「特別清掃」取材を行いました。「山狩り」実施の日時の告知は、ホームレスの方々のブルーシートの「コヤ」に直接貼り紙を貼るという方法のみで、早くても実施一週間前、二日前の時もあるということです」

 このことに関連して、「台東区が路上生活者の避難所利用を拒否」という出来事がありました(概要はこちら)。「明らかな格差で、命に差別をつけている」ということから批判を浴びました。
そして、報道されることはないものの、上述の「山狩り」はいまだに継続されているだろうことは、容易に推測できます。

[追記]NHK NEWS WEB(2019.11.11)より

「上皇ご夫妻は、上皇后さまが皇居で育てられた蚕の繭を使って復元した正倉院事務所所蔵の弦楽器などを紹介する特別展をご覧になりました。特別展「正倉院の世界ー皇室がまもり伝えた美ー」は、天皇陛下の即位を記念してNHKなどが開いたもので、上皇ご夫妻は、午後4時半前、東京 上野の東京国立博物館に到着されました

 前天皇夫妻が11/11(当日は東博休館日)に東博に行ったことにより、小説の中で描かれているホームレスの人たちを排除する「山狩り」がおこなわれたことは、ほぼ間違いないでしょう。

■天皇交代パレードの陰で
 おそらく、11/10の夜のニュースでは、パレードの様子と、誰が配っているかもわからない(推測はつきますが)日の丸の小旗を振りながら”感激”した観衆の声を流すことでしょう(館の住人=このブログ筆者は、そのような報道は見ないようにしていますが)。
 国民の受け止め方は様々なので、めでたいことであると考える人もいるでしょうが、ブログ筆者にとって、「天皇の交代を祝わなければならない」という空気は、何かとても居心地が悪いように思えます。
華やかなパレードの一方で、路上生活者の生存権が脅かされていることも、忘れてはならないと思います。

■天皇を意識したと思われる、行事などでの「礼」
パレードほどあからさまではありませんが、様々な場面で、天皇を意識したとしか思えない振る舞いが目につきます。例えば、学校行事(入学式や卒業式など)で、ステージの後ろには日の丸が掲げられています。あいさつのために登壇した校長は、まず、そちらに向かって一礼します。明らかに日の丸に「礼」をしているわけです。
「何に向かって頭を下げているだろう?」と思う間もなく、式は「厳粛に」進んでいくので、参列者は疑問を抱く暇もありません。
こうした「儀式的行事」で、参列者が「おかしいのでは?」と声をあげることは、ほとんど無理な空気が支配するのです。

 小説『JR上野公園駅口』は、ホームレスの人たちを排除する事実や、天皇に対する祝意を半ば強制する雰囲気の危うさを、柳美里の淡々とした語り口で私たちに突きつけている小説ではないかと思います。天皇の交代を機に様々な行事が「これでもか」と組まれている今だからこそ、読む価値のある作品です。

日々の所感 ー 瀬尾まいこ 『図書館の神様』を読む

 

記事No.32

 今回の記事のカテゴリーは「日々の所感」です。
 館の住人(このブログの筆者)は、自分の日常はあまり話題にしてきませんでした。記事No.20こちらで、通信制大学で「図書館・情報学」のスクーリングを受講したとお伝えしただけです。
 ですが、人並みに本も読めば、映画も観ます。時々は美術館にも足を運ぶことや、テニスを楽しむこともあります。これからは、時折、読んだ本や美術展の感想なども記事にしていきたいと考えています。

 〈図書館〉と名のつく本が読みたいと思いつき、上尾市図書館の蔵書検索で、キーワードに〈図書館〉と入れてみました。思ったよりも多く、(図書/一般書)で絞り込んでも、1000件の検索結果が出てきます。そういうわけで、今記事では、上尾市図書館で借りて読んだ小説[瀬尾まいこ『図書館の神様』マガジンハウス,2003年]を取り上げてみたいと思います。

■『図書館の神様』あらすじ
 早川清(きよ)は、高校時代バレー部キャプテンでした。とにかく真剣にバレーと向き合っていた清には、練習試合でミスを重ねた補欠の山本さんに試合後厳しい言葉を投げつけたところ、その夜に彼女は自殺してしまったという忘れがたい経験があります。

 清はバレー部の顧問になろうと、高校の国語の講師(非正規採用)になりました。しかし、清の希望は叶わず、やむを得ず文芸部の顧問を務めることになったのですが、部員は垣内君という、スポーツ万能に見える3年の生徒ただひとりしかいません。国語の講師とはいえ、全く文学に興味の無い清でしたが、垣内君によって、しだいに文学の楽しみ方や奥の深さに気づかされていきます。

 一方、清にはお菓子教室で知り合い、不倫関係にある浅見という男がいます。浅見と一緒に過ごすことが清にとって唯一癒される時間でしたが、浅見が妻に気づかう〈正直さ〉に嫌気がさし、別れる決意をします。また、清には子どものときから何でも隠さず話せる弟の拓実がいます。拓実は、海を見たいという理由で清のアパートに度々来て泊まっていくなど、姉の生活に入り込んでいます。拓実は、清との会話の中で、平気で浅見との不倫関係を話題にするなど、浅見の存在を認めており、三人で食事をしたりもします。

 結局、清は浅見とは別れ、垣内君は高校を卒業します。

 小説の最後は、正規採用の試験に合格した清が、拓実と一緒に海に落ちる夕日を眺め、「神様のいる場所はきっとたくさんある。私を救ってくれるものもちゃんとそこにある」という台詞で終わります。

■誰に(何に)焦点を当てて読むのか
 小説のどの部分に、あるいは登場人物の中の誰を焦点化するかによって、読み方が違ってきます。『図書館の神様』では、清・浅見・垣内君・拓実それぞれの視点から読み直せば、また違った解釈の物語になるでしょう。例えば、清は、次のような考えを持っています。

 「どうして私が文芸部の顧問なのだ。担当教科が国語だから?
だったら困る。別に国語が得意なわけじゃない。文学なんて全く興味がない。小説どころか雑誌や漫画すら読まない。確かに私は文学部出身だ。でも、大学進学を間近に進路変更をした私は、日本人が日本語を勉強するという最も簡単そうな道を選んだだけだ」

 このように本音を語る清は、実に正直な人ではありませんか。

 この部分を読んだとき、知人で、県の数学の指導主事になった職員が本心から「実は私は数学が大の苦手」と言っていたことを思い出しました。それは、現在の小学校の英語教育に疑問を持っている館の住人が、情報公開請求で市教委指導主事と面談するたびに「英語指導に自信がありますか?」と尋ねると、指導主事たちは一様に首を横に振り「いいえ、苦手です」と謙遜でなく本音で答えるのと共通します。

■図書室に関しての記述
 少し視点を変え、小説の中で描かれている〈図書室〉に焦点を当ててみましょう。例えば、こんな記述がされています。

「図書室のドアを開けると、本の匂いが鼻をつく。かびくさい濁った匂い。漂ったこの空気は苦手だ」

「自分が生徒の頃には図書室なんてまったく寄りつかなかった。昼休みはいつも体育館で過ごしていたし、読書感想文の宿題が出る夏休み前に本を借りる程度だった」

閑散とした図書室

「『はだしのゲン』は二回も繰り返し読むと、さすがに飽きた。学校の図書室には第一部の十巻までしか置いていない。次の図書予算で、第二部を購入してもらおう。私は密かに決心をすると、二回じっくり読んだ『はだしのゲン』を棚に戻した」

「日本文学全集から世界文学全集。世界各国の資料から天文学や科学の資料。新しい読み物だってたくさんある。図書費用は年間何十万と入るから、図書室はとても充実している。だけど、本を読む癖が昔から付いていないせいか、ぎっしり詰まっている図書室の本にも私はちっともそそられなかった」

「(垣内君の発話)この図書室、本の並びが悪いと思いませんか?
そもそも日本十進分類法なんて今の高校生のニーズに合っていない。探しにくくて仕方ないでしょう。教科別に並べ替えましょう」

小説に書かれたこれらの記述から、この高校の図書室は
*ほとんど利用する生徒がいない。
*図書予算は確保されているので、それなりに選書できる。
(何十万円という予算が果たして多いのかという問題はありますが)
*どうやら、図書館司書はいないようである。
*垣内君は、日本十進分類法による分類には否定的である。
といったことがわかります。

 公共図書館の99%が使用していると言われる「日本十進分類法」に基づく図書の分類・整理について、自分たちの都合で変えてしまうことは、かなり大胆なような気がしますが、〈常識〉にとらわれず、柔軟な発想という意味では、傾聴に値するとも言えます。

 一方で、予算の範囲内で図書館に置くべき図書の選択が現場に任されているという実態もうかがえます。上尾の例で言えば、資格を有しているという理由で「司書教諭」に発令された担当者(数学の教師が司書教諭になっている場合なども散見されます)が、購入する図書の希望を募っても、他の教員も忙しいことから、なかなか希望が出てこないので大変苦労しているという話も聞きます。

■作者の意図
 この小説に限らず、作者が読者に何を伝えたかったのかを考えることのほうが、読み方としては一般的でしょう。その意味では、作者はタイトルこそ『図書館の神様』となっているものの、〈図書館〉そのものについての記述や、描かれ方に関心を寄せている読者がいるとは想定していないかもしれません。

 小説の中で、垣内君は卒業前の文芸部の発表で、用意してきた原稿をポケットにしまい、大きな声で次のように発言します。

 「文学を通せば、何年も前に生きてた人と同じものを見れるんだ。 見ず知らずの女の人に恋することだってできる。自分の中のものを切り出してくることだってできる。とにかくそこにいながらにして、たいていのことができてしまう

 作者が垣内君を通して読者に伝えたかったことは、このことかもしれません。

 小説ではありませんが、上尾図書館には『天使のいる図書館』という映画のDVDも置いてありますが、その話は別の機会にでも。