企業の意見広告について思うこと

企業広告の中には、時折ハッとさせられる広告があります。
それは、時の政権批判だったり、社会的問題を鋭く指摘するものですが、共通しているのは、視覚に訴えるという点だと思います。
今記事では、このことについてお伝えします。

記事No.187

🔷「宝島社」の意見広告
下の写真は、今年の9月22日の朝日・読売・日経に見開きの全面広告として掲載された宝島社の意見広告です。

国民は、自宅で見殺しにされようとしている」宝島社が新聞3紙に意見 ...

画面が見にくい方のために、この広告には、次のような文章が書かれています。

国民は、
自宅で見殺しにされようとしている。
今も、ひとりで亡くなっている人がいる。
涙がでる。
怒りと悲しみでいっぱいになる。
この国はいつから、こんなことになってしまったのか。
命は自分で守るしかないのか

この広告は、コロナ感染者数が爆発的に増えたあと、減少に転じた中で出されました。感染者数の減少については、「専門家」と呼ばれる人もその理由がわからないようですが、私は 「自宅療養者」に対して、医療的支援の手が差し伸べられることなく、亡くなっていく人がいることが明らかになったことが感染者減少につながったと考えています。
つまり、様々な数値やグラフなどのデータを見せられるよりも、「明日は我が身」、あるいは「この国の為政者は私を守ってくれない」ということを国民が肌で感じ取り、今まで以上に「感染しないようにしよう」と考えたからではないでしょうか。

それにしても、宝島社のこの広告は、国民の感情を言葉で表現しているという意味で、見事としか言いようがありません。

宝島社の「企業広告」というバナーでは、1998年~2021年までの同社が発表した「企業広告」を見ることができます。それぞれの広告は極めて衝撃的であると同時に、共感することのできる「作品」と言えます。

もうひとつ、宝島社の意見広告を見てみましょう。次の広告は、今年の1月6日に読売朝刊掲載の「君たちは腹が立たないのか。」です。
同じ時期に、日経には「暴力は、失敗する。」、また、コロナ感染対策をテーマにした「ねちょりんこ、ダメ 。」は朝日と日刊ゲンダイに掲載されました。

字が少し小さいので、この広告の文章の部分をを次に示します。

君たちは腹が立たないのか
音漏れしているやつ。傘の持ち方なってないやつ。
スマホ見ながら自転車乗るやつ。
まず、いちゃもんつけるやつ。なんでも隠そうとするやつ。
すぐ嘘つくやつ。すぐ戦争しようとするやつ。
この社会の息苦しさは、決してあなたのせいではない。
いきすぎた忍耐は美徳でもなんでもないから。
理不尽にはきちんと怒ろう。不条理には声をあげよう。
怒りを笑うな。怒りとはエネルギーだ。
前例を打ち破り何かを生み出すためのパワーだ。
怒ることから世界は進む。
今年こそ、正しく怒ろう日本人
宝島社

私が共感するのは、この広告の中の「理不尽にはきちんと怒ろう。不条理には声をあげよう」という言葉です。
ちなみに、広告の中の男の子は、ノルウェーの彫刻家グスタフ・ヴィーゲランによる《おこりん坊》という作品です。オスロのフログネル公園(別名ヴィーゲラン彫刻公園)にあり、ずっと昔、私は一度だけ訪れたことがあります。広い公園に置かれている彫刻全てがヴィーゲラン一人だけの作品という点も、日本との違いに驚いた記憶があります。

🔷「視覚文化」としての企業の意見広告
企業による意見広告について、私は通信教育で学んだ大学で「視覚文化論」のレポートを書いたことがあります。そのときに取り上げたのが、次の写真で、これはベネトン社の広告として発表されています。

この写真は、イタリアの写真家、オリビエーロ・トスカーニによる作品《Cemetery 1991》です。Cemeteryは「共同墓地」のことであり、彼の心の中のイメージと重なり合っていると言えるでしょう。

トスカーニは、「予告された戦争=湾岸戦争」を目前にしての心境を次のように説明しています

私はずいぶん考え、自分にとっての初めての戦争のイメージを頭に思い描いた。それは、1948年。6歳の時のことだった。「コリエレ・デラ・セーラ」の報道カメラマンだった父に連れられて、戦没者墓地での公式記念式典に参加した。十字架に埋めつくされた大きな墓地だった。すべて死者たちだ! 
この日、私はまだ小さかったが、戦争の不条理さを理解した。一枚の写真でこの時の感じをもう一度つくり出さなければ、という思いにかられた。

そしてトスカーニは、湾岸戦争が勃発した日に、共同墓地の写真をイタリアの有力2紙に2ページ見開きで掲載をすることになります。
そのことについて彼はこう述べています。

私にとって、それは戦争の不条理さを思いおこさせる方法であり、平和へのメッセージだった。あらゆる戦争が墓地を終着点としているのだから

服飾ブランドであるベネトンの1980年代末からのポスターやカタログには、基本的に衣料品などの商品は登場しません。
わずかに、[UNITED COLORS OF BENETON] の文字が見えるだけであり、写真作品により観者(つまり多くの一般の人々)に「何か」を訴えているのが特徴です。
その意図を読み取ろうとするならば、観者は一瞥(glance)ではなく、凝視(gaze)しなければならないのです。

🔷企業は、時には明確な意見表明を
今記事で取り上げた広告の他にも、企業による意見広告を目にすることがあります。5月に日経に掲載された旭酒造の獺祭(だっさい)の広告<飲食店を守ることも日本の[いのち]を守ることにつながります>やYouTubeで発表された「通販生活」の「9条球場」などですが、もしも為政者による不条理が続くならば、企業は明確に反対する意思表明としての企業広告を発表すべきであると考えます。

五輪TV放送の影響 -日々の所感-

このところ、見たいと思うTV番組がありません。理由は明らかで、どこのチャンネルもオリンピックの話題ばかりだからです。
一方、新型コロナ感染者は連日爆発的に増加しているにもかかわらず、コロナ報道よりも五輪報道を優先しているように思えます。
今記事では、そんな話も含めて、「日々の所感」を書いていきます。

No.175

🔶スポーツ専用チャンネル化したTV
TVでニュースを見ようと思っても、情報番組では、どのチャンネルもオリンピックばかりで、「スポーツ専用チャンネル」のようです。
(現在のところ、「まともなニュース番組」は、BS TBSの「報道1930」くらいでしょうか)
しかも、各TV局では、「金メダルの数、日本は過去最高」などとの報道が目立ちます。

あらためて、オリンピック憲章を見ると、次のような規定があります。

オリンピック憲章/ ❻ オリンピック競技大会 
1. オリンピック競技大会は、 個人種目または団体種目での選手間の競争であり、 国家間の競争ではない 大会には NOC が選抜し、 IOC から参加登録申請を認められた選手が集う。

これを見ると、オリンピック憲章の「国家間の競争ではない」という理念と、「日本の金メダルの数が過去最高」とする報道との間には、とても大きな開きがあるのは明白です。

また、今回のオリンピックは「圧倒的に地元日本選手有利」と言われており、柔道などの選手たちは「選手村」ではなく、練習や調整が出来る施設からの「通い」であることは、あまり報道されていません。それらの「東京五輪の不都合な真実」は、後日の別記事でお伝えします。

🔶「日曜美術館」も五輪のため休止。
45年間続いている、NHKのEテレ「日曜美術館」。私は毎週楽しみにしていますが、残念ながら、五輪放送のため、7月25日・8月1日・8月8日・8月25日は休止。8月15日・22日はアンコール放送の予定となっています。
毎回リアルタイムでは見られないので、録画は「毎週予約」になっていますが、オリンピックが録画されてしまいました(即削除です)。

それでも、8月8日の夜には、「無言館の扉 語り続ける戦没画学生」というテーマでの放送があります。ただし、1年前の再放送です。
久しぶりに、以前録画してあったこの番組を見ました。

🔶無言館と窪島誠一郎氏
「日曜美術館」で司会者が訪れる「無言館」は、著作家・美術評論家である窪島誠一郎氏が信州・別所温泉のある塩田平(長野県上田市)に設立。戦没画学生(とくに東京美術学校から召集された若者たち)の作品を展示してあります。東京美術学校は、現在の東京藝術大学です。
館主の窪島氏は、「無言館」設立にあたり、次のメッセージを寄せています(無言館HPより)。

あなたを知らない
遠い見知らぬ異国くにで死んだ画学生よ
私はあなたを知らない
知っているのはあなたがのこしたたった一枚の絵だ
あなたの絵は朱い血の色にそまっているが
それは人の身体を流れる血ではなく
あなたが別れた祖国のあのふるさとの夕け色
あなたの胸をそめている父や母の愛の色だ
どうか恨まないでほしい
どうかかないでほしい
愚かな私たちがあなたがあれほど私たちに告げたかった言葉に
今ようやく五十年も経ってたどりついたことを
どうか許してほしい
五十年を生きた私たちのだれもが
これまで一度として
あなたの絵のせつない叫びに耳を傾けなかったことを
遠い見知らぬ異国で死んだ画学生よ
私はあなたを知らない
知っているのはあなたが遺したたった一枚の絵だ
その絵にきざまれたかけがえのないあなたの生命の時間だけだ
窪島誠一郎
1997.5.2(「無言館」開館の日に)

窪島氏は、画家である野見山暁治氏に触発され、戦没画学生の遺作の収集・保存に奔走します。番組では、修復家の山領まり氏のアトリエも紹介されています。
画家を志していた多くの画学生が戦争へと駆り出された不条理。
番組では、その志を、静かに伝えていきます。

周知のとおり、窪島誠一郎氏の父親は、『飢餓海峡』で著名な小説家・水上勉です。
また、個人的なことですが、窪島氏は私が通った高校(新宿区の海城高校)の大先輩でもあります。たまたま、那須海城高校(現在は閉校)で窪島氏の講演会があることを知り、お話を伺ったことがあります。

信州上田の塩田平には、もうひとつ、窪島氏が館長をつとめる美術館があります。「KAITA EPITAPH(エピタフ=墓碑銘) 残照館」です。
ここは、一昨年閉館した「信濃デッサン館」が母体となっており、夭折(ようせつ=年若く亡くなること)の画家の作品が集められています。その代表は村山槐多ですが、窪島氏の著作『鼎と槐多』も読みごたえがあります。鼎(かなえ)とは、信州・上田在住で、美術の大衆化、民衆芸術運動のなかに身を投じた山本鼎のことです。

オリンピックの放送が片がつくまで、この本や日曜美術館の録画でも見て過ごすことにします。

ところで、ネットを検索していたら【バッハ会長「原爆の日」黙とう呼びかけず】というNewsが目に入りました。
このことについて、広島県被団協・箕牧智之理事長代行は、「黙とうをしてもらえれば全世界に知らない人でも、8月6日の広島の出来事が分かってもらえると思った」と述べ、 また、広島市も「無理のない範囲で呼びかけたつもりだったので非常に残念」とコメントしています。

かの「ぼったくり男爵」は、何のために広島に行ったのでしょうか。
何をか言わんや、です。

日々の所感:柳美里『JR上野駅公園口』が全米図書賞を受賞(追記あり)

1年ほど前,当ブログで柳美里の小説『JR上野駅公園口』を取り上げました(その時の記事[No.38]では,物語の結末も書いています。つまり「ネタバレ」です。念のため)。その記事はこちら⇒日々の所感:こんな今だからこそ読んでみたい小説)
その作品が先週,アメリカで最も権威があると言われる文学賞の一つである[全米図書賞]を受賞しました。今記事では,あらためてこの小説が描かれた背景について見ていきたいと思います。

■作品のテーマは<理不尽>
JR上野駅公園口』は,翻訳家モーガン・ジャイルズさんによる英訳版で,“TOKYO UENO STATION”と名付けられています。同作はこれまで韓国版、フランス版、英国版、ポーランド版が刊行されています。また,米タイム誌が選ぶ今年の100冊に選ばれたほか、米紙「ニューヨーク・タイムズ」「ワシントン・ポスト」の書評にも取り上げられるなど注目されてきました。

1964年に開催された東京五輪の建設工事のため,福島県から出稼ぎに出た男は,やがて家族を失い、最後は上野公園でホームレスになっていきます。作品の中では,男とその息子の生まれた年が,天皇家と対比される形で明示されます。男は1933年生まれで前天皇(明仁)と同年齢。息子に至っては,1960年2月23日,つまり現天皇の徳仁と同じ日の生まれです(柳美里の小説が書かれた時点ではまだ天皇は交代していません)。

同じ年に生まれて,片や家族のために必死で働いた挙句,ホームレスにならざるを得なかった人生,片や皇室に生まれたというだけで,上野公園の美術館で開かれる展覧会に厳重な護衛付きで御料車で乗り付ける,その一方で上野公園で寝泊まりせざるを得ないホームレスの人々は,天皇が来るというだけで事前に排除される……これを理不尽と言わずに何と説明できるのでしょうか。

■憲法14条との関連
この作品を読んで,まず頭に浮かんだのは,憲法14条の文言です。

(日本国憲法第14条)
すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。華族その他の貴族の制度は、これを認めない。栄誉、勲章その他の栄典の授与は、いかなる特権も伴わない。栄典の授与は、現にこれを有し、又は将来これを受ける者の一代に限り、その効力を有する。

つまりこの条文は,すべての国民は,どこに生まれようが政治的・経済的・社会的に差別されないことを高らかに謳っているのです。何の偏見もなく普通に考えれば,天皇家であろうが普通の国民であろうが生まれにより経済的差別があってはならないのです。
柳美里はこの小説の中で,静かな口調で,しかし明確にこうした「生まれながらの不条理」を伝えています。

憲法14条(法の下の平等)と憲法1条(天皇)との間に「齟齬」が生じているのではないか,という問題は,ブログ筆者にとっても様々なことを考える契機となっています。
憲法1条は,終戦の際に昭和天皇が「国体護持」つまり天皇制の維持に拘泥したことを背景にし,その結果「象徴天皇制」となったのは自明です。柳美里が言うところの「天皇家の人々」は,生まれながらにして生活費の心配なく過ごしています。最近では,現天皇の弟が継承順位1位になったことを内外に知らせるという,わけのわからないイベントに多額の税金が無駄に使われています。
一方で,憲法14条が本来の意味で尊重されているかと言えば,心もとないと言わざるを得ません。「人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない」ことの大切さは,普遍的な価値であるとブログ筆者は考えます。

■「全米図書賞」の重み
この小説が“TOKYO UENO STATION”として英語に翻訳され,訳者を通して読んだ人々にどんな感銘を与えたのか,何が伝わったのか,もう少しすればそうした感想や意見が伝わってくると思います。全米に拡がった格差や人種差別と,それに抗う動きの中にあって、柳美里のこの作品が与えた影響は少なくないと考えます。

ちなみに,この『JR上野駅公園口』については,上尾図書館に新刊本2冊,文庫本1冊が蔵書としてあるようですが,本日(11/23)在,新刊本の貸出予約人数は「35人」となっています。

(追記)
ここ何日か更新されなかった柳美里氏(福島県南相馬市在住)のブログですが,さきほど見たら,全国図書賞受賞の感想も含めて更新されていました。⇒ブログ「柳美里の今日のできごと」

日々の所感 : 表参道界隈の美術館のこと

ブログ筆者は、以前受けた手術の経過観察のため、年に2回、東京・表参道にある病院に通っています。コロナ禍前は、病院に行ったついでに、表参道付近にある様々な美術館を訪れました。この界隈にはアートスポットが点在していますが、その中には、残念ながら現在は閉館してしまった美術館もあります。

NO.121

■表参道の界隈には個性的な美術館が
地下鉄表参道の駅の近くには、様々なジャンルの美術館があります。まず、太田記念美術館。ここは原宿駅から至近距離にありますが、表参道のメイン通りから一歩入るためか、美術館の周囲は意外なほど静かです。建物自体はそれほど大きくありませんが、浮世絵専門と言える美術館です。
コロナ禍で企画展のスケジュールが大幅に変更になったようですが、11/14からは「ニッポンの浮世絵」と題した企画展を行うようです。

11/14からの企画展ポスター
太田記念美術館HPより

続いて、表参道から歩いて10分ちょっとの根津美術館。ここの建物の特色のひとつは、美術館入口に続く、竹をふんだんに使った通路。「これから美術館に入るんだな」という少し高揚した気持ちにさせてくれます(維持管理をするのが大変そうですが)。建物の設計者は、「あの」新国立競技場を手がけた隈研吾氏です。

根津美術館入口へのアプローチ(HPより)

来月の14日から「根津美術館の国宝・重要文化財」と銘打った企画展が開催されます(日時指定予約制)。尾形光琳《燕子花図屏風》や、以前当ブログでも触れた鈴木其一《夏秋渓流図屏風》も展示される予定なので、日本美術が好きな方には魅力的でしょう。広い庭の散策をすれば、ここが都会だということを忘れさせてくれます。

根津美術館を出て南に行き、岡本太郎の元のアトリエを改装した岡本太郎記念館(ここも楽しいアートスポットです)を通り過ぎ、広い通りに出たら左に行くと、紅ミュージアムがあります。HPでは「紅ミュージアムは、紅と紅屋の歴史、そして日本の化粧史を常設でご紹介する伊勢半グループの企業資料館」と紹介されています。文字通り「紅」に関する展示と、関連商品を販売しているユニークな施設です。ブログ筆者はここで「べにばな茶」を購入したことがありますが、冷やして飲むと、とても美味しいお茶です。

表参道界隈には、この他にも「2020年に開館30周年を迎える、現代アートの私立美術館」であるワタリウム美術館があります。今は「1時間に20名限定」という入場者制限を設けています。ブログ筆者は、ここでナム・ジュン・パイクや李 禹煥(リ・ウファン)の作品を見た記憶があります。
HPには「1990年の開館以来、東京からアートをと、この場所で様々な作品が生み出されてきました」とあります。ともすれば「現代アートはよくわからない」と言われますが、近くに行った際に立ち寄る価値はある美術館だと思います。

■閉館した美術館のこと
一方で、表参道の周辺には、残念ながら閉館してしまった美術館もあります。そのひとつが「アニヴェルセルギャラリー」です。現在はアニヴェルセル表参道というブライダルのお店になっていますが、以前は建物の地階がマルク・シャガールの美術館でした。とりわけ、《誕生日》という作品が常設展示されていて、ブログ筆者は表参道に行く際には、ここに寄るようにしていました。

マルク・シャガール《誕生日》 出典 Artpedia
現在のアニヴェルセル表参道

シャガールほど、作品に自らの感情がそのまま表出する作家はいないのではないでしょうか。シャガールの気持ちが暗くなると、画面からそれが伝わってきますし、明るい気持ちになると、描かれている人物は空を飛んで恋人のもとに行くという自由さがあります。
残念ながら、このシャガール専門美術館はしばらく前に閉館してしまいました。今から思えば、訪れた際、来館者はほとんどおらず、貸切状態の時も何度かありました。おそらく採算が合わなかったのでしょうが、残念でなりません。

同じように閉館した美術館に、ユニマット美術館があります。表参道の隣の駅、外苑前から至近距離にあり、所蔵作品はいわゆるエコール・ド・パリの作品が中心でした。Foujita(藤田嗣治),モジリアニ,シャガール,あるいはキスリングやモンドリアンなど、ブログ筆者の好みの作品が多数展示されているので、何度か訪れた覚えがあります。

私設の美術館は、維持をしていくのが大変なことだろうと想像はつきますが、「あそこに行けばあの絵に会える」という思いがあるだけに、美術館閉館の報に接すると、何とも言えない気持ちになります。
最近では、品川の原美術館が今年いっぱいで閉館するということを知りました。ただ、HPによると、「2021年から、群馬・渋川のハラ ミュージアム アークの館名を原美術館 ARC(アーク)と改め、引き続き活動していくことにいたしました」とあるので、少し安心しました。
できれば来年行ってみたいと思っています。

「何であるか」と「どうするか」

記事No.104

■大学通信教育課程での学び
若い頃に大学生だった時代は、日々アルバイトに明け暮れていたせいもあり、真剣に学んだ記憶がほとんどありません。その反動のせいか、ここ10年ほど、大学の通信教育課程で学んでいます。最初は京都の芸術系の大学で美術史を学びました。ちなみに卒論テーマは[鈴木其一《夏秋渓流図》考]でした。江戸琳派の絵師であり、酒井抱一の高弟でもある鈴木其一の作品を題材にしたもので、関連する美術展に何度も足を運んだ覚えがあります。

今は都内の某大学文学部の通信教育課程で学んでいます。何年か続けていれば履修単位が増えていくのは当然ですが、卒業要件の単位はほぼ取得し、来年9月の卒業を目指して卒論(図書館情報学関連)に取り組んでいるという状況です。

そうした学びを続ける中で、考えさせられることがあります。それは「何であるか」と「どうするか」という二つの〈問い〉です。

■普遍的な二つの〈問い〉
上述の二つの〈問い〉は汎用が可能です。たとえば、「教育とは何であるか」&「どう教えるか」、あるいは「政治とは何であるか」&「政治的課題をどう解決していくか」、「戦争とは何であるか」&「戦争を無くすにはどうするか」など、狭義・広義を問わず、多くの事柄やテーマがこの二つの〈問い〉に収斂されます。

では、ブログ筆者の関心事でもある「(上尾市)教育委員会とは何であるか」&「教育行政をどうするのか」という二つの〈問い〉についてを考えてみます。

■教育委員会とは「何であるか」

(上尾市)教育委員会(事務局を含む)とは何であるか 
※市教委HPと情報公開請求等に基づくブログ筆者の見解を含みます。
🔶上尾市教育委員会は教育長と5人の委員により組織され、教育、学術および文化に関する事項について大所高所からその基本的な方針などを決定します。
🔶逮捕市長が池野氏を教育長に選んだ理由が分かる文書は不存在。
🔶各教育委員が就任の際、なぜその人の名が出たのか、その理由が分かる文書も不存在。
🔶教育委員各氏が自ら企画立案した案件は一度もありません。
🔶上尾市教委は、基本的には市教委事務局の方針を追認する装置であり、議案の採決は過去20年にわたり<全員一致・異議なし>です。
🔶6月からの学校再開の際、臨時の教育委員会を招集すること無しに土曜授業や夏休みの大幅短縮を決めてしまいました。
🔶以前夏休みを1週間短縮した際の教育委員会会議は、市民には非公開とされました。
🔶学校教育部長の学校への異動は上尾小や上尾中(池野氏の上平中への異動は別の理由=逮捕市長の地元への異動)に偏っていますが、そのことの不自然さを指摘する教育委員はいません。
🔶教育長の行状に対するcheck機能(文科省が示すレイマンコントロール)は、教育委員各氏は全く果たしていません。
🔶上尾市教委は各学校に対して「委嘱研究」を強制しており、上平小では本発表の前月、141時間以上の時間外勤務をしている職員がいることが市議会本会議の質問で露見しました。
🔶上尾市教委は給食費の無償化について否定的です(議会答弁)。
🔶市独自の30人程度学級について、市教委は以前高い自己評価をしていましたが、現在はその方針を取っていません(議会答弁)。

以上のように、視点によって様々な面が指摘できますが、「上尾市教育委員会とは何であるか」と問われれば、<基本的に教委事務局の方針を是認したうえで、表面をそっと撫でるような質問や意見を述べ、議案は例外なく全員一致で採択する装置>と定義できるでしょう。

■「では、教育行政をどうするのか」
以上見てきたように、様々な視点から「上尾市の教育委員会とは何であるか」ということについて定義することができます。しかし、子どもたちを学校に預けている保護者や市民にとっては、何と言っても次代を生きる子どもの成長が一番大切です。それゆえ、「教育行政は、これ以上先生方を忙しくしないでほしい」などの保護者や市民の願いを率直に受け止め、改善の方向に向かってほしいと考えるのが自然です。では、そのためにはどうすればいいのでしょうか。

上尾市の教育行政をどうするのか(どう改善させるのか)。
上尾市の教育行政の実態を市民に知らせることです。その方法としては、ブログやツイッターでの発信、市民団体のニュース(紙媒体含む)、学習会、市議会での質問、あるいはテーマごとの署名活動(給食費無償や30人学級実現要求)などが考えられます。
情報公開請求や住民監査請求も有効です。当ブログでも書いてきましたが、情報公開請求は単に文書の存否を確認するものではなく、教育委員会側に市民からの視点に基づくまっとうな指摘を気づかせる役割があります。
市民と教育長・教育委員との懇談を実現させることが必要です。その場合、要望や要求を伝えるのとは別に、教育論に発展するようなテーマ設定が良いと思います。「上尾の教育について」などと範囲を広げてしまうと、中身が薄くなってしまいます。たとえば「中学校の制服は必要か」などであれば、メディアも関心を持つかもしれません。大事なのは、教育問題について市民的議論を巻き起こすことです。

■バランスが大事
今記事で取り上げた二つの〈問い〉で大事なことは、「何であるか」と「どうするか」のバランスを考えることだと思います。とりわけ教育の問題については、ともすれば「どうするか」「どう教育するか」という〈問い〉が先行し、「教育とは何か」という基本的な〈問い〉が抜け落ちる可能性があります。現在の上尾市教育委員会の実態を市民や保護者に知らせ、市教委をより良い方向に向かわせるために、ブログ筆者も引き続きこのことについて考えていきたいと思います。

子どもに学ぶ color-blind(人種偏見がない)(6/10 追記あり)

(6/10 追記)NHKが「これでわかった!世界のいま(毎週日曜日放送)」のツイッター動画を削除し謝罪しました。問題の動画投稿は、ハッシュタグで「抗議デモ」とつけられているにも関わらず、人種差別で発生する命の格差には一切触れず、経済的な側面のみを取り上げたものになっているとの批判が殺到していたものです。
先日の検察庁法改正についても、ツイッター等を通じて、幅広い国民から反対の声があがったことは紛れもない事実です。政権や公共放送について「おかしい」と思ったら、たとえひとりの市民であっても声をあげていくことは大切なことだとブログ筆者は考えています。

(以下、今記事)
毎日の朝食の際、録画した<攻略! abcニュース英語>を見ています(というより、ほぼ聴き流しですが)。トランプ政権に対しても客観的に報道しているアメリカのニュース番組だと思いますが、今朝放送した内容には引き込まれました。 

記事No.86

■<攻略! abcニュース英語>とは?
 最初に、この番組についての簡単な説明をしておきます。主にアメリカ国内で今起きているニュースなど(最近はコロナ関係の話題が多いです)を5分で伝える番組で、流れは、次のようになっています。

まず英語字幕付きでニュースが流れます。
次に日本語字幕付きで再度同じニュースが流れます。
さらに、字幕なしで同じニュースが流れます。
今日の重要キーワードについての解説が入ります。
最後にもう一度、英語字幕付きのニュースが流れ終了です。

 放送日は日曜を除く毎朝5:45~5:50で、以前は<abcニュースシャワー>という番組名でした。今までの動画を見たい方はこちら(子どもには人種偏見がない、などのタイトルが出ています)。
短いニュースを、都合4回聞くことになるので、最後の4回目は、「何となくわかったような気になる」のが特徴です。

■今朝のabcニュースが伝えた内容とは
 アメリカ・ミネソタ州で白人警官に押さえ付けられて死亡した黒人男性ジョージ・フロイドさんを悼む声と、人種差別に対する抗議の声は日増しに強くなっています。この問題を番組では子どもの目線から取り上げています。以下はその内容です。

英語版
The other powerful memorial was right here in Brooklyn today.
Thousands here kneeling in solidarity right here in this park behind me, remembering George Floyd.
And what the people who gathered here, the families, the parents who brought their children, what they told us about why they came.
The little girl named Eloise, who was brought here by her mother, Marissa Kayser.
And mom, why did you come today?
Because it’s just so important.
Her mother says for Eloise, her two best friends are black boys, that her daughter is color-blind.
And she is determined to keep it that way. She loves everyone so much that it’s hard for me to really be…..
Children do.
Year, so, I, like, I just feel like if you lead with love, then those conversations happen later.
同番組の日本語訳
ブルックリンの追悼集会でも- 大勢がひざまずいて連帯を示し、フロイドさんを悼んだ。
集まった家族や、子を連れた親に参加した理由を聞いた。
この女の子(Eloise)は母親に連れられて参加した。
「参加した理由は?」
「大切なことだからです」
女の子は黒人の友達と仲が良く、人種偏見が無いため、このまま育てたいという。
「娘はどんな人でも大好きで…..」
「子どもはそういうものですよね」
「愛を大切にして育てれば、人種は気にならないはずです」

 この訳で、今朝のニュースの大意は伝わると思います。
キーワードは、color-blind (人種偏見が無い)。現在アメリカで起きている問題を象徴している語だと思います。
ところで、動画を見た方はお気づきでしょうが、女の子が手にしているプラカードに、BLACK LIVES MATTER と書かれています。
この意味を解説したサイトがこちら。アメリカの歴史について考えさせられます。

”コロナ疲れ”の方へ、ゴッホ気分で塗り絵はどうですか?

記事No.74

 コロナ禍の影響で、”stay home”が続く日々。なんとか正確なコロナ情報を得ようとしても、細かい字のグラフやデータばかり。それを見て頭がクラクラしてくるあなたは、もしや “コロナ疲れ” では?
今記事は、少し気分を変えて、ゴッホの〈塗り絵〉をご紹介します。

■ゴッホの塗り絵
 フィンセント・ファン・ゴッホ《アルルの寝室》が塗り絵になっています。プリントアウトして彩色し、自分だけのゴッホに仕上げるのはどうでしょうか。
塗り絵がダウンロードできるゴッホ美術館のサイトはこちら
ゴッホといえば、《ひまわり》が思い浮かびますが、所蔵している西新宿の東郷青児記念損保ジャパン美術館が、5/28よりSOMPO美術館として新しく開館予定。ぜひ無事に開館することを願います。
上記ゴッホ美術館サイトには、《ひまわり》の塗り絵も公開されています。

《アルルの寝室》塗り絵(ゴッホ美術館のオリジナルはもっと大きいです)
《アルルの寝室》彩色の見本です。

現在開館している美術館 & PC 絵画鑑賞

記事No.66

■大半の美術館は「休館」中ですが…
 現在、コロナウイルスの影響で、埼玉県内でも大半の美術館や博物館が休館中です。県立近代美術館(北浦和)は企画展を打ち切り、当分の間休館です。うらわ美術館(浦和)も同様。都内では上野の東博も休館中です。また、「上野の森美術館」では <VOCA展>(全国各地から未知の若手作家の優れた才能を紹介するという、現代美術を中心とした企画展)を開催中ですが、足を運ぶという方はさほど多くないでしょう。

 そんな中、県内で開館している美術館があります(この記事が出たときは状況は変わっているかもしれませんが)。
ひとつは、蕨の<河鍋暁斎記念美術館>。同館のHPには、

 幕末から明治前半の江戸・東京で活躍した狩野派絵師・暁斎の曾孫が設立した美術館。伝来の下絵・画稿類を中心に3000点余を所蔵。1,2ヶ月毎にテーマを替えて展示し、暁斎のバラエティに富んだ作品をご覧いただけます。

と説明されています。
江戸の絵師として活躍した河鍋暁斎(かわなべ・きょうさい)の話をすれば、それだけで何冊かの本になりそうです。一般的には酒宴の席で即興で描く「席画」が有名ですが、それだけではありません。
ニコライ堂や旧三菱一号館の設計で著名なジョサイア・コンドルが暁斎の弟子となり、『河鍋暁斎』を著していますが、そこには暁斎が狩野派を超越した絵師であることの他、使用する絵具、画法などがこと細かに描写されています。
ブログ筆者は、暁斎は江戸の絵師の中でも飛びぬけた才能の持ち主であると考えていますが、コロナ騒ぎが落ち着く日が来れば、いずれまた注目を浴びる絵師だと思います。

もうひとつは、東松山の<原爆の図 丸木美術館>です。
この美術館は、説明の必要がないくらい有名です。美術館のHPには次のようにあります。

 原爆の図丸木美術館は、画家の丸木位里・丸木俊夫妻が、共同制作《原爆の図》を、 誰でもいつでもここにさえ来れば見ることができるようにという思いを込めて建てた美術館です。
丸木夫妻は、広島に投下された原子爆弾の様子をいち早く目撃し、代表作となる《原爆の図》をはじめ、 戦争や公害など、人間が人間を傷つけ破壊することの愚かさを生涯かけて描き続けました。

 今回の新型コロナ感染防止のため、美術館内での朗読会等のイベントは中止を余儀なくされたようですが、今のところ開館はしているようです。半世紀以上にわたり、同じコンセプトで人々に訴えかける美術館の姿勢には敬服します。

■自宅のPCの中で「絵画鑑賞」
インターネット美術館などのサイトもありますが、ブログ筆者が時折見るのは、< Web Gallery of Art>です。
英語版ですが、[ENTER  HERE]から入ると、11世紀~19世紀までのヨーロッパの絵画や彫刻作品を見ることができます。
例えば、フェルメールの作品を見たければ、Artist  Indexの下部のAUTHOR に
Johannes  Vermeer  と入れ、SEARCH をクリックすれば、作品や解説、あるいは作家の伝記を見ることができます。
作家の英語名は、Wikipedia で調べればすぐにわかります。
たとえばカラバッジョ(Caravaggio)。Web Gallery of art では、〈204 pictures found〉つまり、204の作品を見ることができます。
ただし、シャガール(Marc Chagall)はブログ筆者のお気に入りの作家
なのですが、残念ながら、このサイトでは20世紀の作家は扱っていないので見ることはできません。
検索していけば、絵画鑑賞のサイトもいろいろ見つかると思います。コロナと雨で出かけられない今日のような日は、このような時間の過ごし方もいいかもしれません。

【追記】
◎東京駅八重洲口のアーティゾン美術館(旧ブリヂストン美術館)が、3/17から再開するそうです。以下、同館「お知らせ」より。

アーティゾン美術館は新型コロナウイルスの感染予防、拡散防止のため、3月2日(月)より休館しておりましたが、お客様に美術鑑賞の機会を少しでも多く提供するため、予定通りに3月17日(火)より再開いたします。
• 当館は日時指定予約制なので、時間枠の人数を制限することにより、展覧会をゆったりと鑑賞していただける環境になっています。
• また展示室は最新の置換空調システムを採用していますので、常時、空気が入れ替わる仕組みになっています。
ご来館に際しましては、当館ウェブサイトよりチケットのご予約をお願いいたします。

 予約制とはいえ、今の時期に再開することを決めたというのは、少しうれしい気がします。

日々の所感 ーラウル・デュフィの展覧会ー 

 前々回までの記事で「市教委の委嘱研究の闇/上平小の実態」ということで、上尾市教委による強制的な「委嘱研究」が、いかに学校現場に弊害をもたらすかということをお伝えしてきました。市教委の強制的「委嘱研究」の弊害について、今後も続報を予定しています。

 今記事では、ひと息つき、「日々の所感」として館の住人(ブログ筆者)の好きな作家(画家)のひとりであるラウル・デュフィ(フランス)の展覧会の感想などを書きたいと思います。

記事No.45

■久しぶりのデュフィ 
 デュフィ展がパナソニック汐留美術館で開催されているのは知っていたのですが、なかなか行く時間が取れませんでした。今回の展覧会は12/15までで終了してしまうというので、昨日観に行ってきました。

 ラウル・デュフィの展覧会に最初に行ったのは、2001年だと記憶しています。新宿高層ビルの一角にある美術館(ゴッホ≪ひまわり≫を所蔵していることで有名)で、当時は「安田火災東郷青児美術館」でした(同美術館はその後名称が変わり、今は来年の再オープンに向けて準備中です)。デュフィの作品で印象的だったのは、楽器(とりわけ赤いヴァイオリン)、ニースの青い海岸、競馬場、それにオーケストラなど…。  デュフィの魅力は自由奔放な色彩だと思います。

 その後、銀座の画廊「ギャルリー ためなが」(2010年)や渋谷の「Bunkamura ザ・ミュージアム」で開かれた展覧会(2014年)にも行きましたが、デュフィ作品の所蔵については、日本国内ではなんと言っても「大谷コレクション」が有名です。

 「大谷」でピンときた方もいるかと思いますが、例のアベ<桜を見る会前夜祭>の「5千円パーティ(この金額ではどう考えても無理でしょう)」の会場となった、ホテルニューオータニの前会長、故大谷米一氏の鎌倉の瀟洒な居宅を改装して創設された「大谷記念美術館」の蒐集の中心となったのがデュフィの作品でした。

 大谷記念美術館は、鎌倉駅をはさんで、にぎやかで人通りの絶えない小町通とは反対側の閑静な住宅街にあり、ブログ筆者も何度か足を運びましたが、2009年から現在に至るまで「休館」となっています。

■今回の展覧会では
 展覧会のタイトルに「絵画とテキスタイル」とあるように、今回はデュフィの一連の色彩豊かな絵画と、フランス・リヨンの絹織物の会社のためにデザインしたテキスタイルの作品が展示の中心でした。
 ブログ筆者は、今回の展覧会で「大谷コレクション」の作品がどのくらい出されているのか(数えたら、全部で6点ありました)ということに加え、作品の脇につけられている「キャプション」をじっくりと読んでみたいと考えていました。

 今回展示されている作品の内、≪黄色いコンソール≫(1949年頃,油彩/キャンバス,93×81cm,大谷コレクション)です。

 この作品の脇につけられた「キャプション」(その作品についての短い解説)は、次のように書かれています。

 デュフィのアトリエに置かれたルイ14世時代のコンソール(※)とヴァイオリン。コンソールの鮮やかで微妙に色調が変化する黄色は、下部の壁の薄い青と調和する。また、ヴァイオリンと白く浮かび上がる楽譜の音符や鏡の縁の葉飾りは、朗らかなリズムを刻んでいる。絶対的なバランスでまとめ上げられ、画家の到達した一つの美術的頂点といえる名品。
  (※) コンソール=壁面の装飾や飾り棚に用いられるテーブルのこと。

 このキャプションは、おそらく美術館の学芸員によって書かれたと思われますが、短い字数の制約にもかかわらず、実に的確にデュフィの作品の細部にわたって観察をしたうえで、使われている色彩の特徴を言い表しているではありませんか。

 実はブログ筆者も、何年か前に京都の芸術系大学の通信教育で、このキャプションを書く「実習」をしたことがあります。短くまとめるためには、その作家(画家や彫刻家)が生涯にわたってどのような作品を創造してきたか、誰の影響を受けたのか、その作家の人生で大きな出来事はなかったか…などの知識も必要になってきます。
 私たちは美術展に行った際など、作品を観て、脇につけられたキャプションを読んで参考にすると思いますが、的確に書くためには、相当な知識と文章表現力が必要だと思います。

 パナソニック美術館は、スペースはさほど広くありませんが、今回の展覧会は、テキスタイルも含めて多くの作品が展示されています。この美術館はもともとジョルジュ・ルオーの作品を多く蒐集していますが、今回も途中でルオー作品の小部屋があり、悲しげなキリストの横顔が、太い輪郭線で描かれている作品も観ることができました。

◇ラウル・デュフィ展 絵画とテキスタイル・デザイン 
 2019.10.5 – 12.15  10:00 – 18:00 
 パナソニック汐留美術館(JR 新橋駅汐留口 徒歩8分) 

日々の所感 -こんな今だからこそ読んでみたい小説-

 今記事では、明後日(11/10) に東京都内で予定されている、天皇の交代を喧伝するパレードを念頭に置いて読んでみたい小説(柳美里『JR上野駅公園口』)について書いていきます

記事No.38

■小説のあらすじ
 柳美里(ゆう・みり)の小説『JR上野駅公園口』に登場する主人公は、1933(昭和8)年生まれ、福島県相馬郡八沢村出身です(1933年とは、前天皇の〈明仁〉と同じ年の生まれである点に要注目)。
 12歳で終戦を経験し、国民学校卒業後いわき小名浜漁港で住み込みでのホッキ貝採り、北海道浜中での昆布の刈り取り労働などの後、1963(昭和38)年には、東京に出稼ぎに来ています。仕事は翌年の東京オリンピックで使用する体育施設の土木工事でした。
 男には弟妹が7人います。妻の節子との間には浩一と洋子の二人の子がいますが、家族はとにかく貧しい生活を送ってきました。息子の
名前である浩一の「浩」の字は、同じ日に生まれた「浩宮」から一字取ったものです(浩一の生年月日は1960年2月23日、つまり現天皇〈徳仁〉と同じ日の生まれというのがふたつ目の注目点です)。
 この小説は、極貧の生活の中で郷里の家族を養うために出稼ぎを繰り返してきた、ひとりの男の人生を描いています。男にとって、突然訪れた一人息子である浩一の死は到底受け入れられないものであり、続いて妻をも亡くしたことから、生きる意味を失っていきます。
 男はその後上野「恩賜」公園でホームレスとなり、そこで天皇家の人々が博物館や美術展に来る際などに≪山狩り≫と称するホームレス排除を目の当たりにします。そして最期は山手線内回りの電車に飛び込んでの自死、ラストは、孫娘までが東日本大震災の犠牲になる様子が描かれています。小説の最初から最後まで、絶望的な貧困と、生まれながらの環境による〈不条理〉が描かれている作品です。

■上野公園での「山狩り」
 美術館や博物館などが多いこともあり、天皇家は頻繁に上野公園付近を訪れています。この小説の中では次のように書かれています。

 「天皇家の方々が博物館や美術館を観覧する前に行われる特別清掃「山狩り」の度に、テントを畳まされ、公園の外へ追い出され、日が暮れて元の場所へ戻ると「芝生養生中につき入らないでください」という看板が立てられ、コヤを建てられる場所は狭められていった」

 作者の柳美里は、小説の中で、声高に天皇制に対して異を唱えているわけではなく、地道な取材に基づいた事実を淡々と描いています。この作品の「あとがき」で柳美里は次のように述べています。

「2006年に、ホームレスの方々の間で「山狩り」と呼ばれる、行幸啓(注:天皇の外出)直前に行われる「特別清掃」取材を行いました。「山狩り」実施の日時の告知は、ホームレスの方々のブルーシートの「コヤ」に直接貼り紙を貼るという方法のみで、早くても実施一週間前、二日前の時もあるということです」

 このことに関連して、「台東区が路上生活者の避難所利用を拒否」という出来事がありました(概要はこちら)。「明らかな格差で、命に差別をつけている」ということから批判を浴びました。
そして、報道されることはないものの、上述の「山狩り」はいまだに継続されているだろうことは、容易に推測できます。

[追記]NHK NEWS WEB(2019.11.11)より

「上皇ご夫妻は、上皇后さまが皇居で育てられた蚕の繭を使って復元した正倉院事務所所蔵の弦楽器などを紹介する特別展をご覧になりました。特別展「正倉院の世界ー皇室がまもり伝えた美ー」は、天皇陛下の即位を記念してNHKなどが開いたもので、上皇ご夫妻は、午後4時半前、東京 上野の東京国立博物館に到着されました

 前天皇夫妻が11/11(当日は東博休館日)に東博に行ったことにより、小説の中で描かれているホームレスの人たちを排除する「山狩り」がおこなわれたことは、ほぼ間違いないでしょう。

■天皇交代パレードの陰で
 おそらく、11/10の夜のニュースでは、パレードの様子と、誰が配っているかもわからない(推測はつきますが)日の丸の小旗を振りながら”感激”した観衆の声を流すことでしょう(館の住人=このブログ筆者は、そのような報道は見ないようにしていますが)。
 国民の受け止め方は様々なので、めでたいことであると考える人もいるでしょうが、ブログ筆者にとって、「天皇の交代を祝わなければならない」という空気は、何かとても居心地が悪いように思えます。
華やかなパレードの一方で、路上生活者の生存権が脅かされていることも、忘れてはならないと思います。

■天皇を意識したと思われる、行事などでの「礼」
パレードほどあからさまではありませんが、様々な場面で、天皇を意識したとしか思えない振る舞いが目につきます。例えば、学校行事(入学式や卒業式など)で、ステージの後ろには日の丸が掲げられています。あいさつのために登壇した校長は、まず、そちらに向かって一礼します。明らかに日の丸に「礼」をしているわけです。
「何に向かって頭を下げているだろう?」と思う間もなく、式は「厳粛に」進んでいくので、参列者は疑問を抱く暇もありません。
こうした「儀式的行事」で、参列者が「おかしいのでは?」と声をあげることは、ほとんど無理な空気が支配するのです。

 小説『JR上野公園駅口』は、ホームレスの人たちを排除する事実や、天皇に対する祝意を半ば強制する雰囲気の危うさを、柳美里の淡々とした語り口で私たちに突きつけている小説ではないかと思います。天皇の交代を機に様々な行事が「これでもか」と組まれている今だからこそ、読む価値のある作品です。

日々の所感 ー 瀬尾まいこ 『図書館の神様』を読む

 

記事No.32

 今回の記事のカテゴリーは「日々の所感」です。
 館の住人(このブログの筆者)は、自分の日常はあまり話題にしてきませんでした。記事No.20こちらで、通信制大学で「図書館・情報学」のスクーリングを受講したとお伝えしただけです。
 ですが、人並みに本も読めば、映画も観ます。時々は美術館にも足を運ぶことや、テニスを楽しむこともあります。これからは、時折、読んだ本や美術展の感想なども記事にしていきたいと考えています。

 〈図書館〉と名のつく本が読みたいと思いつき、上尾市図書館の蔵書検索で、キーワードに〈図書館〉と入れてみました。思ったよりも多く、(図書/一般書)で絞り込んでも、1000件の検索結果が出てきます。そういうわけで、今記事では、上尾市図書館で借りて読んだ小説[瀬尾まいこ『図書館の神様』マガジンハウス,2003年]を取り上げてみたいと思います。

■『図書館の神様』あらすじ
 早川清(きよ)は、高校時代バレー部キャプテンでした。とにかく真剣にバレーと向き合っていた清には、練習試合でミスを重ねた補欠の山本さんに試合後厳しい言葉を投げつけたところ、その夜に彼女は自殺してしまったという忘れがたい経験があります。

 清はバレー部の顧問になろうと、高校の国語の講師(非正規採用)になりました。しかし、清の希望は叶わず、やむを得ず文芸部の顧問を務めることになったのですが、部員は垣内君という、スポーツ万能に見える3年の生徒ただひとりしかいません。国語の講師とはいえ、全く文学に興味の無い清でしたが、垣内君によって、しだいに文学の楽しみ方や奥の深さに気づかされていきます。

 一方、清にはお菓子教室で知り合い、不倫関係にある浅見という男がいます。浅見と一緒に過ごすことが清にとって唯一癒される時間でしたが、浅見が妻に気づかう〈正直さ〉に嫌気がさし、別れる決意をします。また、清には子どものときから何でも隠さず話せる弟の拓実がいます。拓実は、海を見たいという理由で清のアパートに度々来て泊まっていくなど、姉の生活に入り込んでいます。拓実は、清との会話の中で、平気で浅見との不倫関係を話題にするなど、浅見の存在を認めており、三人で食事をしたりもします。

 結局、清は浅見とは別れ、垣内君は高校を卒業します。

 小説の最後は、正規採用の試験に合格した清が、拓実と一緒に海に落ちる夕日を眺め、「神様のいる場所はきっとたくさんある。私を救ってくれるものもちゃんとそこにある」という台詞で終わります。

■誰に(何に)焦点を当てて読むのか
 小説のどの部分に、あるいは登場人物の中の誰を焦点化するかによって、読み方が違ってきます。『図書館の神様』では、清・浅見・垣内君・拓実それぞれの視点から読み直せば、また違った解釈の物語になるでしょう。例えば、清は、次のような考えを持っています。

 「どうして私が文芸部の顧問なのだ。担当教科が国語だから?
だったら困る。別に国語が得意なわけじゃない。文学なんて全く興味がない。小説どころか雑誌や漫画すら読まない。確かに私は文学部出身だ。でも、大学進学を間近に進路変更をした私は、日本人が日本語を勉強するという最も簡単そうな道を選んだだけだ」

 このように本音を語る清は、実に正直な人ではありませんか。

 この部分を読んだとき、知人で、県の数学の指導主事になった職員が本心から「実は私は数学が大の苦手」と言っていたことを思い出しました。それは、現在の小学校の英語教育に疑問を持っている館の住人が、情報公開請求で市教委指導主事と面談するたびに「英語指導に自信がありますか?」と尋ねると、指導主事たちは一様に首を横に振り「いいえ、苦手です」と謙遜でなく本音で答えるのと共通します。

■図書室に関しての記述
 少し視点を変え、小説の中で描かれている〈図書室〉に焦点を当ててみましょう。例えば、こんな記述がされています。

「図書室のドアを開けると、本の匂いが鼻をつく。かびくさい濁った匂い。漂ったこの空気は苦手だ」

「自分が生徒の頃には図書室なんてまったく寄りつかなかった。昼休みはいつも体育館で過ごしていたし、読書感想文の宿題が出る夏休み前に本を借りる程度だった」

閑散とした図書室

「『はだしのゲン』は二回も繰り返し読むと、さすがに飽きた。学校の図書室には第一部の十巻までしか置いていない。次の図書予算で、第二部を購入してもらおう。私は密かに決心をすると、二回じっくり読んだ『はだしのゲン』を棚に戻した」

「日本文学全集から世界文学全集。世界各国の資料から天文学や科学の資料。新しい読み物だってたくさんある。図書費用は年間何十万と入るから、図書室はとても充実している。だけど、本を読む癖が昔から付いていないせいか、ぎっしり詰まっている図書室の本にも私はちっともそそられなかった」

「(垣内君の発話)この図書室、本の並びが悪いと思いませんか?
そもそも日本十進分類法なんて今の高校生のニーズに合っていない。探しにくくて仕方ないでしょう。教科別に並べ替えましょう」

小説に書かれたこれらの記述から、この高校の図書室は
*ほとんど利用する生徒がいない。
*図書予算は確保されているので、それなりに選書できる。
(何十万円という予算が果たして多いのかという問題はありますが)
*どうやら、図書館司書はいないようである。
*垣内君は、日本十進分類法による分類には否定的である。
といったことがわかります。

 公共図書館の99%が使用していると言われる「日本十進分類法」に基づく図書の分類・整理について、自分たちの都合で変えてしまうことは、かなり大胆なような気がしますが、〈常識〉にとらわれず、柔軟な発想という意味では、傾聴に値するとも言えます。

 一方で、予算の範囲内で図書館に置くべき図書の選択が現場に任されているという実態もうかがえます。上尾の例で言えば、資格を有しているという理由で「司書教諭」に発令された担当者(数学の教師が司書教諭になっている場合なども散見されます)が、購入する図書の希望を募っても、他の教員も忙しいことから、なかなか希望が出てこないので大変苦労しているという話も聞きます。

■作者の意図
 この小説に限らず、作者が読者に何を伝えたかったのかを考えることのほうが、読み方としては一般的でしょう。その意味では、作者はタイトルこそ『図書館の神様』となっているものの、〈図書館〉そのものについての記述や、描かれ方に関心を寄せている読者がいるとは想定していないかもしれません。

 小説の中で、垣内君は卒業前の文芸部の発表で、用意してきた原稿をポケットにしまい、大きな声で次のように発言します。

 「文学を通せば、何年も前に生きてた人と同じものを見れるんだ。 見ず知らずの女の人に恋することだってできる。自分の中のものを切り出してくることだってできる。とにかくそこにいながらにして、たいていのことができてしまう

 作者が垣内君を通して読者に伝えたかったことは、このことかもしれません。

 小説ではありませんが、上尾図書館には『天使のいる図書館』という映画のDVDも置いてありますが、その話は別の機会にでも。