企業の意見広告について思うこと

企業広告の中には、時折ハッとさせられる広告があります。
それは、時の政権批判だったり、社会的問題を鋭く指摘するものですが、共通しているのは、視覚に訴えるという点だと思います。
今記事では、このことについてお伝えします。

記事No.187

🔷「宝島社」の意見広告
下の写真は、今年の9月22日の朝日・読売・日経に見開きの全面広告として掲載された宝島社の意見広告です。

国民は、自宅で見殺しにされようとしている」宝島社が新聞3紙に意見 ...

画面が見にくい方のために、この広告には、次のような文章が書かれています。

国民は、
自宅で見殺しにされようとしている。
今も、ひとりで亡くなっている人がいる。
涙がでる。
怒りと悲しみでいっぱいになる。
この国はいつから、こんなことになってしまったのか。
命は自分で守るしかないのか

この広告は、コロナ感染者数が爆発的に増えたあと、減少に転じた中で出されました。感染者数の減少については、「専門家」と呼ばれる人もその理由がわからないようですが、私は 「自宅療養者」に対して、医療的支援の手が差し伸べられることなく、亡くなっていく人がいることが明らかになったことが感染者減少につながったと考えています。
つまり、様々な数値やグラフなどのデータを見せられるよりも、「明日は我が身」、あるいは「この国の為政者は私を守ってくれない」ということを国民が肌で感じ取り、今まで以上に「感染しないようにしよう」と考えたからではないでしょうか。

それにしても、宝島社のこの広告は、国民の感情を言葉で表現しているという意味で、見事としか言いようがありません。

宝島社の「企業広告」というバナーでは、1998年~2021年までの同社が発表した「企業広告」を見ることができます。それぞれの広告は極めて衝撃的であると同時に、共感することのできる「作品」と言えます。

もうひとつ、宝島社の意見広告を見てみましょう。次の広告は、今年の1月6日に読売朝刊掲載の「君たちは腹が立たないのか。」です。
同じ時期に、日経には「暴力は、失敗する。」、また、コロナ感染対策をテーマにした「ねちょりんこ、ダメ 。」は朝日と日刊ゲンダイに掲載されました。

字が少し小さいので、この広告の文章の部分をを次に示します。

君たちは腹が立たないのか
音漏れしているやつ。傘の持ち方なってないやつ。
スマホ見ながら自転車乗るやつ。
まず、いちゃもんつけるやつ。なんでも隠そうとするやつ。
すぐ嘘つくやつ。すぐ戦争しようとするやつ。
この社会の息苦しさは、決してあなたのせいではない。
いきすぎた忍耐は美徳でもなんでもないから。
理不尽にはきちんと怒ろう。不条理には声をあげよう。
怒りを笑うな。怒りとはエネルギーだ。
前例を打ち破り何かを生み出すためのパワーだ。
怒ることから世界は進む。
今年こそ、正しく怒ろう日本人
宝島社

私が共感するのは、この広告の中の「理不尽にはきちんと怒ろう。不条理には声をあげよう」という言葉です。
ちなみに、広告の中の男の子は、ノルウェーの彫刻家グスタフ・ヴィーゲランによる《おこりん坊》という作品です。オスロのフログネル公園(別名ヴィーゲラン彫刻公園)にあり、ずっと昔、私は一度だけ訪れたことがあります。広い公園に置かれている彫刻全てがヴィーゲラン一人だけの作品という点も、日本との違いに驚いた記憶があります。

🔷「視覚文化」としての企業の意見広告
企業による意見広告について、私は通信教育で学んだ大学で「視覚文化論」のレポートを書いたことがあります。そのときに取り上げたのが、次の写真で、これはベネトン社の広告として発表されています。

この写真は、イタリアの写真家、オリビエーロ・トスカーニによる作品《Cemetery 1991》です。Cemeteryは「共同墓地」のことであり、彼の心の中のイメージと重なり合っていると言えるでしょう。

トスカーニは、「予告された戦争=湾岸戦争」を目前にしての心境を次のように説明しています

私はずいぶん考え、自分にとっての初めての戦争のイメージを頭に思い描いた。それは、1948年。6歳の時のことだった。「コリエレ・デラ・セーラ」の報道カメラマンだった父に連れられて、戦没者墓地での公式記念式典に参加した。十字架に埋めつくされた大きな墓地だった。すべて死者たちだ! 
この日、私はまだ小さかったが、戦争の不条理さを理解した。一枚の写真でこの時の感じをもう一度つくり出さなければ、という思いにかられた。

そしてトスカーニは、湾岸戦争が勃発した日に、共同墓地の写真をイタリアの有力2紙に2ページ見開きで掲載をすることになります。
そのことについて彼はこう述べています。

私にとって、それは戦争の不条理さを思いおこさせる方法であり、平和へのメッセージだった。あらゆる戦争が墓地を終着点としているのだから

服飾ブランドであるベネトンの1980年代末からのポスターやカタログには、基本的に衣料品などの商品は登場しません。
わずかに、[UNITED COLORS OF BENETON] の文字が見えるだけであり、写真作品により観者(つまり多くの一般の人々)に「何か」を訴えているのが特徴です。
その意図を読み取ろうとするならば、観者は一瞥(glance)ではなく、凝視(gaze)しなければならないのです。

🔷企業は、時には明確な意見表明を
今記事で取り上げた広告の他にも、企業による意見広告を目にすることがあります。5月に日経に掲載された旭酒造の獺祭(だっさい)の広告<飲食店を守ることも日本の[いのち]を守ることにつながります>やYouTubeで発表された「通販生活」の「9条球場」などですが、もしも為政者による不条理が続くならば、企業は明確に反対する意思表明としての企業広告を発表すべきであると考えます。