『図書館の自由に関する宣言』を知らない?文科省からの「事務連絡」
文部科学省が8月末に全国の公立&学校図書館に向けて発出した文書は、「拉致問題に関する図書等の充実を」「拉致問題に関するテーマ展示を行う等の周知を」などとするもので、後述する『図書館の自由に関する宣言』とは大きくかけ離れたものとして、波紋が広がっています。
拉致問題は早急に解決しなくてはならない問題ではありますが、文科省が『図書館の自由に関する宣言』を考慮せずに、公立&学校図書館に上記文書を出すべきではありません。
今記事では、このことについての上尾市教育委員会の対応も含めてお伝えします。
(リンクも含めると少し長い記事となっています。)
No.248
🔷文科省からの文書とはどのようなものか
2022.08.30に文科省から発出された「事務連絡文書」は次のとおりです(PC閲覧の方は、下部にズーム機能あり)。
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つまり、政府拉致問題対策本部から文科省が「北朝鮮による拉致問題に関する図書等の充実」の「協力」を依頼され、各都道府県教委にこの文書を流す、という図です(都道府県教委は市町村教委に流すことになります)。
🔷文科省文書へは、各方面から批判が寄せられています
この文科省文書に対しては、各方面や新聞社説等でも、批判的見解が発表されています。
(全日本教職員組合)09.08 文部科学大臣あてに文書の撤回を求める要請。
(日本出版者協議会)09.29 抗議声明。
(図書館問題研究会)10.09 文部科学大臣あてに事務連絡の撤回を求める要請書を公表。
(日本図書館協会) 10.11 意見表明を文科省に説明するとともに、図書館関係者あてに図書館の自由への一層の理解を求める文書を公表。
以上の見解等は、下記『図書館の自由118号(2022年11月号)』を参照してください。
(画像最下部の矢印をクリックすると、ページが指定できます。各方面からの見解は、5ページ以降に掲載されています。)
※この『図書館の自由』ニューズレター 電子版を購読したい方は、25ページに「購読案内」が掲載されています(購読料は無料です)。
(共同通信)09.20 「文科省、図書館に異例の要請 拉致関連本の充実依頼」記事。
(朝日新聞 DIGITAL)11.13 「文科省が『図書館の自由』揺るがす依頼文」記事。
さらに、図書館への介入は許されないと文科省を批判する社説が各紙から出ています。
🔷この問題に対して、上尾市教育委員会の見解は?
私はこの問題について、上尾市教育委員会あてにHP経由で問い合わせをしました。
(上尾市教育委員会への問い合わせ)
文科省から各県教委人権教育担当宛てに発出された「令和4年8月30日付け 事務連絡/北朝鮮当局による拉致問題に関する図書等の充実に係る御協力等について」が、埼玉県教育委員会経由で上尾市教育委員会に届いていますか? 届いていたとしたら、どのような対応をされていますか? |
これに対して、上尾市図書館と市教委事務局(指導課)から回答が送られてきました。
(強調のために色替えしています。)
(上尾市図書館からの回答) 表記の文書につきましては、8月31日に埼玉県教育局市町村支援部社会教育施設企画調整担当から上尾市教育委員会へ、文部科学省総合教育政策局地域学習推進課 、文部科学省総合教育政策局男女共同参画共生社会学習・安全課、文部科学省初等中等教育局児童生徒課発信の8月30日付事務連絡「北朝鮮当局による拉致問題に関する図書等の充実に係る 御協力等について」が電子メールで転送されております。 対応につきましては、図書館は拉致問題に関する図書に関して、社会的感心の高いテーマのひとつとして、利用者のニーズも踏まえながら収集を行ってきたところでございますので、特にこの文書をきっかけに拉致問題に関する本の充実を図ることは行っておりません。テーマ展示に関しましては、例年12月の人権週間にあわせて「人権問題に関する本の展示」を行っていることから、人権問題のひとつとして拉致問題に関する本もあわせて展示することは今後検討していく予定です。 |
このように、上尾市図書館は、「特にこの文書をきっかけに拉致問題に関する本の充実を図ることは行っておりません」と明確に回答しています。
(指導課からの回答) 令和4年8月30日付け事務連絡で文部科学省から連絡のあった、「北朝鮮当局による拉致問題に関する図書等の充実に係る御協力等について」でございますが、令和4年9月15日付け事務連絡で、埼玉県教育局市町村支援部義務教育指導課長並びに、埼玉県教育局市町村支援部人権教育課長から連絡がございました。本市といたしましては、それを受け、令和4年9月21日付け事務連絡で指導課長から各上尾市立小・中学校長へ関係職員に周知するよう連絡しております。 |
一方、指導課は県教委から来た文書を「周知するように」学校に連絡しています。
この対応では、上尾市教育委員会事務局(指導課)としての主体性は全く無く、単に県教委の文書を学校現場に「垂れ流している」だけであり、学校現場の混乱を招く恐れもあります。
市内の多くの学校は、年度当初に予算枠が示され、その範囲で学校図書を購入することになります。しかしながら、学校現場は多忙ということもあり、「選書会議」を開催して本を決めるという例は少ないでしょう。おそらく、司書教諭(大学で「たまたま」単位を取得し、申告した教員)が中心となって書籍の購入希望を取り(それもなかなか集まらない)、図書支援員にも協力してもらい、購入する本を決めているのではないでしょうか。
そういう実態がある中で、「拉致問題の資料等の充実を」と言われても、現場では困るのではないかと思われます。
🔷選書等は「図書館の自由に関する宣言」を基本にして考えるべき
日本図書館協会は、上述の意見表明において、次のように述べています。
……文部科学省から学校や図書館に対して、このような要請がなされたことはこれまでに例がありません。そして、特定分野の図書の充実を求められることは、本協会が決議した『図書館の自由に関する宣言』の理念を脅かすものであると懸念しています。 |
『図書館の自由に関する宣言』は、上尾市図書館にもポスター掲示がされています(本館では資料貸出カウンターの後方)。
ここにあるように、「図書館は資料収集の自由を有する」のです。
日本図書館協会は、このことに関して次のように述べています。
第1 図書館は資料収集の自由を有する |
1.図書館は国民の知る自由を保障する機関として、国民のあらゆる資料要求にこたえなければならない。 2.図書館は、自らの責任において作成した収集方針にもとづき資料の選択および収集を行う。 その際、 (1) 多様な、対立する意見のある問題については、それぞれの観点に立つ資料を幅広く収集する。 (2) 著者の思想的、宗教的、党派的立場にとらわれて、その著作を排除することはしない。 (3) 図書館員の個人的な関心や好みによって選択をしない。 (4) 個人・組織・団体からの圧力や干渉によって収集の自由を放棄したり、紛糾をおそれて自己規制したりはしない。 (5) 寄贈資料の受入にあたっても同様である。 |
図書館の収集した資料がどのような思想や主張をもっていようとも、それを図書館および図書館員が支持することを意味するものではない。 |
図書館は、成文化された収集方針を公開して、広く社会からの批判と協力を得るようにつとめる。 |
🔷指導課は学校図書館問題研究会の見解を読んでいないのでは?
文科省発出の文書について、「学校図書館問題研究会」は、次の見解を発表しています。
学校図書館問題研究会は、この見解において、
「国や教育委員会の要請だからと何も検討せずに、あるいは何らかの紛糾をを恐れて、特定主題の資料を充実させたり、展示を行ったり、排除することがあってはなりません」
「協力の依頼とはいえ、こうしたことが常態化して、知らず知らずのうちに学校や社会がそれをあたり前のこととして受け取るようになってしまったら、とても危険なことです」
と警鐘を鳴らしています。
「問い合わせ」に対する回答を見る限り、指導課はこうした見解を知らないのではないかと言わざるを得ません(返しのメールでそのことについては指摘しましたが、それについての返信は今のところありません)。
🔷選書や展示は市立図書館に任せれば良いことです
今記事では、「拉致問題」について、文科省が「関連図書の充実」や「展示に協力を」という文書を発出したことの問題点を述べてきました。
このような動きは、市民が「このような資料を購入してほしい」と公立図書館に要望することとは全く異なるものです。選書や展示をどうするかは、市立図書館が利用者の要望等を把握したうえで決めていくことです。
「拉致問題」を扱った資料としては、たとえば、「拉致被害者家族連絡会(家族会)」の元事務局長の蓮池 透氏の著作『拉致被害者たちを見殺しにした安倍晋三と冷血な面々』が上尾市図書館の蔵書となっています。
この本の226頁には、次の記述があります。
「…マスコミは「家族会」内部のトラブルは一切報道せず、いわば「聖域」に指定していた。こうして「家族会」は、強力な圧力団体と化していったのである」
拉致問題についての政治家の関与や、被害者団体の「内幕」を知りたければ、この本を一読することをおすすめします。
上尾市図書館の「資料収集方針」には、「市民からのリクエストなどは、図書館への積極的な要望であり、収集基準に照らし合わせながら資料収集・選択に生かす」とあります。
今後もこの方針は堅持し、利用者の要望を反映させることを望むものです。