日々の所感 ー 瀬尾まいこ 『図書館の神様』を読む

 

記事No.32

 今回の記事のカテゴリーは「日々の所感」です。
 館の住人(このブログの筆者)は、自分の日常はあまり話題にしてきませんでした。記事No.20こちらで、通信制大学で「図書館・情報学」のスクーリングを受講したとお伝えしただけです。
 ですが、人並みに本も読めば、映画も観ます。時々は美術館にも足を運ぶことや、テニスを楽しむこともあります。これからは、時折、読んだ本や美術展の感想なども記事にしていきたいと考えています。

 〈図書館〉と名のつく本が読みたいと思いつき、上尾市図書館の蔵書検索で、キーワードに〈図書館〉と入れてみました。思ったよりも多く、(図書/一般書)で絞り込んでも、1000件の検索結果が出てきます。そういうわけで、今記事では、上尾市図書館で借りて読んだ小説[瀬尾まいこ『図書館の神様』マガジンハウス,2003年]を取り上げてみたいと思います。

■『図書館の神様』あらすじ
 早川清(きよ)は、高校時代バレー部キャプテンでした。とにかく真剣にバレーと向き合っていた清には、練習試合でミスを重ねた補欠の山本さんに試合後厳しい言葉を投げつけたところ、その夜に彼女は自殺してしまったという忘れがたい経験があります。

 清はバレー部の顧問になろうと、高校の国語の講師(非正規採用)になりました。しかし、清の希望は叶わず、やむを得ず文芸部の顧問を務めることになったのですが、部員は垣内君という、スポーツ万能に見える3年の生徒ただひとりしかいません。国語の講師とはいえ、全く文学に興味の無い清でしたが、垣内君によって、しだいに文学の楽しみ方や奥の深さに気づかされていきます。

 一方、清にはお菓子教室で知り合い、不倫関係にある浅見という男がいます。浅見と一緒に過ごすことが清にとって唯一癒される時間でしたが、浅見が妻に気づかう〈正直さ〉に嫌気がさし、別れる決意をします。また、清には子どものときから何でも隠さず話せる弟の拓実がいます。拓実は、海を見たいという理由で清のアパートに度々来て泊まっていくなど、姉の生活に入り込んでいます。拓実は、清との会話の中で、平気で浅見との不倫関係を話題にするなど、浅見の存在を認めており、三人で食事をしたりもします。

 結局、清は浅見とは別れ、垣内君は高校を卒業します。

 小説の最後は、正規採用の試験に合格した清が、拓実と一緒に海に落ちる夕日を眺め、「神様のいる場所はきっとたくさんある。私を救ってくれるものもちゃんとそこにある」という台詞で終わります。

■誰に(何に)焦点を当てて読むのか
 小説のどの部分に、あるいは登場人物の中の誰を焦点化するかによって、読み方が違ってきます。『図書館の神様』では、清・浅見・垣内君・拓実それぞれの視点から読み直せば、また違った解釈の物語になるでしょう。例えば、清は、次のような考えを持っています。

 「どうして私が文芸部の顧問なのだ。担当教科が国語だから?
だったら困る。別に国語が得意なわけじゃない。文学なんて全く興味がない。小説どころか雑誌や漫画すら読まない。確かに私は文学部出身だ。でも、大学進学を間近に進路変更をした私は、日本人が日本語を勉強するという最も簡単そうな道を選んだだけだ」

 このように本音を語る清は、実に正直な人ではありませんか。

 この部分を読んだとき、知人で、県の数学の指導主事になった職員が本心から「実は私は数学が大の苦手」と言っていたことを思い出しました。それは、現在の小学校の英語教育に疑問を持っている館の住人が、情報公開請求で市教委指導主事と面談するたびに「英語指導に自信がありますか?」と尋ねると、指導主事たちは一様に首を横に振り「いいえ、苦手です」と謙遜でなく本音で答えるのと共通します。

■図書室に関しての記述
 少し視点を変え、小説の中で描かれている〈図書室〉に焦点を当ててみましょう。例えば、こんな記述がされています。

「図書室のドアを開けると、本の匂いが鼻をつく。かびくさい濁った匂い。漂ったこの空気は苦手だ」

「自分が生徒の頃には図書室なんてまったく寄りつかなかった。昼休みはいつも体育館で過ごしていたし、読書感想文の宿題が出る夏休み前に本を借りる程度だった」

閑散とした図書室

「『はだしのゲン』は二回も繰り返し読むと、さすがに飽きた。学校の図書室には第一部の十巻までしか置いていない。次の図書予算で、第二部を購入してもらおう。私は密かに決心をすると、二回じっくり読んだ『はだしのゲン』を棚に戻した」

「日本文学全集から世界文学全集。世界各国の資料から天文学や科学の資料。新しい読み物だってたくさんある。図書費用は年間何十万と入るから、図書室はとても充実している。だけど、本を読む癖が昔から付いていないせいか、ぎっしり詰まっている図書室の本にも私はちっともそそられなかった」

「(垣内君の発話)この図書室、本の並びが悪いと思いませんか?
そもそも日本十進分類法なんて今の高校生のニーズに合っていない。探しにくくて仕方ないでしょう。教科別に並べ替えましょう」

小説に書かれたこれらの記述から、この高校の図書室は
*ほとんど利用する生徒がいない。
*図書予算は確保されているので、それなりに選書できる。
(何十万円という予算が果たして多いのかという問題はありますが)
*どうやら、図書館司書はいないようである。
*垣内君は、日本十進分類法による分類には否定的である。
といったことがわかります。

 公共図書館の99%が使用していると言われる「日本十進分類法」に基づく図書の分類・整理について、自分たちの都合で変えてしまうことは、かなり大胆なような気がしますが、〈常識〉にとらわれず、柔軟な発想という意味では、傾聴に値するとも言えます。

 一方で、予算の範囲内で図書館に置くべき図書の選択が現場に任されているという実態もうかがえます。上尾の例で言えば、資格を有しているという理由で「司書教諭」に発令された担当者(数学の教師が司書教諭になっている場合なども散見されます)が、購入する図書の希望を募っても、他の教員も忙しいことから、なかなか希望が出てこないので大変苦労しているという話も聞きます。

■作者の意図
 この小説に限らず、作者が読者に何を伝えたかったのかを考えることのほうが、読み方としては一般的でしょう。その意味では、作者はタイトルこそ『図書館の神様』となっているものの、〈図書館〉そのものについての記述や、描かれ方に関心を寄せている読者がいるとは想定していないかもしれません。

 小説の中で、垣内君は卒業前の文芸部の発表で、用意してきた原稿をポケットにしまい、大きな声で次のように発言します。

 「文学を通せば、何年も前に生きてた人と同じものを見れるんだ。 見ず知らずの女の人に恋することだってできる。自分の中のものを切り出してくることだってできる。とにかくそこにいながらにして、たいていのことができてしまう

 作者が垣内君を通して読者に伝えたかったことは、このことかもしれません。

 小説ではありませんが、上尾図書館には『天使のいる図書館』という映画のDVDも置いてありますが、その話は別の機会にでも。

 

住民監査請求に基づく上尾市政初の≪市長への勧告≫&〈措置内容〉から、様々なことが見えてきました。

「西貝塚環境Cの入札に関する第三者調査委員会」が求める<市民による監視の強化>。今回の[住民監査請求]や、[情報公開請求]は、その代表格です。

記事No.31

■住民監査請求に基づく「勧告」のその後
 2019.8.28に、住民監査請求に基づく市長に対する監査委員の「勧告」が出されました。これは上尾市政始まって以来、初めてのことですが、9.30に監査委員からその後の「措置内容」が届きました。
その詳しい内容は宮入勇二さんのブログ「支払いを職員二人に背負わせた上尾市長の回答」(こちら)をごらんください。
これを一読すれば、畠山市長がいかに自らの無謬性(むびゅうせい=ここでは、判断などに誤りが無いと言い張ることの意)に固執しているかを指摘できる「措置内容」となっているのは明らかです。

■それでも、住民監査請求には大きな意味がある
館の住人(このブログの筆者)は、市民としてこの請求に名を連ねた一人ですが、“市民の主導で自治体改革をすすめる”という点で、今回の住民監査請求は大変価値のあるものであったと考えています。
また、同時に、畠山市長の実像を浮かび上がらせる結果ともなりました。

以下、重要な点を箇条書きにしてみると、

ブロック塀問題が発覚後、議員も含めて誰も具体的行動に出ない状況下で、宮入勇二さんを中心とした市民の有志が住民監査請求(上尾市職員措置請求)を起こし、上尾市政初の「勧告」を勝ち取ったこと

*上尾市で2018年に請求された住民監査請求は、館の住人(このブログの筆者)が起こした1件でしたが、
それは、デタラメ服務に終始していた教育長の給与の一部返還を求めて、8カ月間かけて証拠集めをし、意を決してたったひとりで起こしたものでした。その際の、請求するにあたってのノウハウや知識が、請求人のみならず、監査委員(事務局)にも経験値として蓄積されたこと

今回、勧告後の措置内容が公表されたことにより、畠山市長の実像(本質)を市民にはっきりと知らしめたこと。すなわち、畠山市長は、<自分の身に降りかかる不利益や過干渉に対しては、相手が議員だろうが市民だろうが、自らを守るためになりふり構わず払いのけようとする姿勢に終始している>ということが、多くの市民にわかってしまったこと(そう考えれば、市議会での畠山氏の様々な発言も説明できます。それらは、決して市民の側に目を向けていたのではなく、保身によるものだったことは明白です)。

*「西貝塚環境Cの入札に関する第三者委員会」の提言である、[市民監視の必要性]を、今回の市民の住民監査請求により具体化できたこと。

*今回や昨年の住民監査請求の証拠固めや資料集めには、市民による情報公開請求はかかせませんでした。こうした情報公開請求や、市民主導による住民監査請求を起こすという行動が、自治体改革をすすめるうえで重要であることを実証的に明らかにしたこと。

■市民の「知る権利」の大切さ
 住民監査請求に欠かせない「情報公開請求制度」については、行政側だけでなく、場合によっては、市民の側にも「文書の存否」だけを焦点化する傾向があることは否めません。

 しかしながら、情報公開請求は、元来対等の立場であるとは言えない市民と行政の関係性を、対等に近いところまで引き上げるという意味もあります。
 また、館の住人が昨年おこなった住民監査請求の結果の中で、監査委員が「教育委員会は、請求人による情報公開請求を契機にして事務の改善を図る機会があったにもかかわらず(それを怠った)」との意見を述べていることからも、単に「文書の存否」だけが問題になるのではないことは明白です。
 市民が、固有の権利としての「知る権利」を駆使して、出来る限り自治体改革をすすめることが、上尾でも始まっていると言えるのではないでしょうか。

 

上尾市議の誰も指摘できなかった! W逮捕の陰で、上尾市図書館でおこなわれた 「不都合な真実」。

前市長・議長W逮捕のドサクサに紛れて、2018年度以降の『上尾市図書館要覧』から「上尾市図書館の基本理念」&「図書館の自由に関する宣言」が消されています。このことは市議の誰一人指摘していません。

記事No.30
※今回は、「図書館の自由に関する宣言」の骨子を掲載してあるため、長めの記事となっています。ただ、大事なことですので、ゆっくりとお読みください。
(PC画面でお読みいただくことを推奨します)

 ■関 孝夫館長のもとで何が起きたのか?
 上尾市図書館による『図書館要覧』は、2018年度から、その体裁や中身が変更されました。図書館のHPに掲載されている要覧(こちら)を参照してください。

 表紙を開けばすぐ気づきますが、2017(H29)年度までは、表紙の次が「上尾市図書館の基本理念」、次ページに「図書館の自由に関する宣言」が掲載されていたものが、2018(H30)年度以降は「上尾市図書館の基本理念(以下、この記事では「基本理念」)」と「図書館の自由に関する宣言(以下、「宣言」)が丸ごと消されているのです。

 館の住人(このブログの筆者)は、「なぜこのようなことが起こったのか、その理由が知りたい」ということで情報公開請求をおこないました。その結果は、「決裁文書はあるが、起案の理由が書かれていないため、文書不存在」との処分が下されました。
基本理念」や「宣言」を丸ごと消してしまうのは大幅な変更ですが、その理由を書かずに決裁し、職員もハンコを押してしまうというのは、「ある強い意思」が働いたと考えるのが極めて自然です。

 2018(H30)年度の上尾市図書館長は、関 孝夫 氏でした。同氏は1年間だけ図書館長を務めた後、2019年度は 学校教育部参事 兼 学校教育部次長 となっています。たった1年だけ図書館長に就いたのでは、ほとんど何もできないだろうと誰もが思うでしょう。
しかしながら、前記の事実を重ね合わせたうえで考えると、関氏は、上尾市図書館要覧から「基本理念」や「宣言」を丸ごと消してしまうという〈大きな仕事〉をするために図書館長になった、とも言えます。

■「上尾市図書館の基本理念」とは?
ここで、あらためて「上尾市図書館の基本理念」を見てみましょう。

  くらしに役立ち、市民とともに歩む図書館

  〇誰もが本と出合うよろこびを感じられる
              居心地の良い図書館
  〇くらしに役立ち、
        市民の知る権利を保障する図書館
  〇市民文化創出の礎(いしずえ)になる図書館   

  を目指して市民とともに歩んでいきます
                                                                          上尾市図書館

■「基本理念」の何が気に入らないのでしょうか?
 このとおり、「基本理念」はとてもわかりやすい言葉で書かれています。これを『図書館要覧』から消したいと思ったのはなぜなのでしょうか。
◇「市民とともに」が繰り返されているから?
◇「知る権利を保障する」と書いてあるから?
もしもそういう理由で消したとしたら、到底市民としては理解も納得もできるものではありません。

■「図書館の自由に関する宣言」の骨子とは?
では、消された「宣言」のほうを見てみましょう。
再度、図書館要覧(こちら)を参照してください。
1979年改訂宣言は、憲法が定める国民主権の原理と表現の自由によって、図書館を国民の知る自由を保障する機関として位置づけています。「知る自由」は、表現の送り手の自由と表裏一体をなすものであり、すべて国民は、いつでも必要とする資料を自由に入手し、利用する権利をもっていることを確認し、その権利を社会的に保障する責任を図書館は負っていると述べています。
また、図書館利用に関していかなる差別もあってはならないこと、それは外国人についても同様でなければならないとし、こうした「図書館の自由」に関する原則は、「すべての図書館に基本的に妥当する」と述べることで、どの館種の図書館にもあてはまるという考えを示しています。

 「収集の自由」とは、図書館が自らの責任で作成した収集方針に基づいて行う資料収集が、ほかからの圧力や干渉によって歪められることがあってはならないということで、そのためには図書館が行う資料収集の原理が国民に明らかになっていなければなりません。 第1項ではその原則として、「多様な、対立する意見のある問題については、それぞれの観点に立つ資料を幅広く収集する」などを掲げ、さらに収集方針を成文化し、公開することで広く社会の批判と協力を得るとしています。
 図書館に収集された資料は、すべて国民の自由な利用に供されねばなりません。宣言はそのことを確認した上で、人権やプライバシーを侵害するもの、わいせつ出版物であるとの判決が確定したもの、寄贈者・寄託者が公開を非とする非公刊資料については、提供を制限することもあり得るとしています。ただその場合も、その措置は時期を経て再検討すべきだし、資料そのものはきちんと保存することの重要性などを提供の自由についての第2項で述べています。
 読者が何を読むかは、個人の内面の自由に深くかかわるプライバシーに属することです。そのため図書館は、貸出記録をはじめ利用者の読書事実、利用事実を他に漏らすことがあってはなりませんし、その責務は図書館活動に従事するすべての職員に課されているというのが第3項「利用者の秘密を守る」の内容です。この項目は、1979年改訂ではじめて主文に取り上げられた事項です。憲法第21条第2項が、「検閲は、これをしてはならない」と明確に禁じていることから、現代の日本では国民の知る自由を侵す検閲は存在しないはずですが、現実には検閲に近い行為、「検閲と同様の結果をもたらす」ような干渉があとを絶ちません。 そうした事態は、自由な図書館活動とあい容れないので、「図書館はすべての検閲に反対する」ことを第4項で述べています。
 最後の結びにおいては、図書館の自由の状況は、民主主義の進展の重要な指標であると述べ、もし図書館の自由を侵害するような事態があれば、図書館は互いに力を合わせて闘うし、そのことで共通の立場に立つ団体や人々と連携することで、「図書館の自由を守る努力を不断に続ける」との決意を示しています。
※以上の骨子については、塩見 昇他編 『図書館概論 五訂版』日本図書館協会,2018年,P59-60を引用・参照しました。

■ハコものだけでない、教育機関としての図書館
 以上見てきたように、私たち市民にとって図書館は市民の「知る権利」や知の集積という点で、とても大切です。新図書館建設問題以来、ともすればハコものに論議が集中する傾向がありました。もちろんそのことも大変重要ですが、W逮捕に象徴される事件や不祥事の陰で、行政による恣意的とも言うべき事態が進行していることも、市民は忘れてはならないでしょう。
さらに、こうした事実を指摘できる市民的視座に立った議員が現れることを切望します。

情報公開請求や住民監査請求は、「ひとりひとりの市民の権利」です。

「市民の権利」に基づく市民の正当な活動を無視できなくなってきた上尾の議員たち。9月議会でも5人の議員が関連質問をしました。

記事No.29

■9月議会での「情報公開請求」についての質問
 無所属議員からの「情報公開請求件数等の現状は?」との質問に対する須田総務部長の答弁より
(情報公開請求件数:市長宛、教育委員会宛他全庁で)
2016(H28) 200件
2017(H29) 258件
2018(H30) 495件
2019(H31.08月まで)458件(市長宛292件,市教委あて125件 他)
※「件数」は、「2018年の随意契約書類の情報公開請求」という場合は、担当課が5課あれば5件とカウントします。

 以上のように、年を追うごとに請求件数が増えています。質問した議員も「われわれ自身も、そのような状況(=情報公開請求の増加)を招いている」と発言しています。
 この発言を分析すれば、「このことが知りたい」という情報公開請求が増えているのは、市政や市教育委員会による情報提供が満足におこなわれていないことの反映であると同時に、市政や市教委に対する議員の質問が十分ではないことへの反発であると言えます。

■住民監査請求の結果「勧告」への対処
 今回の住民監査請求(上尾市職員措置請求)をおこない、上尾市政始まって以来の「勧告」を勝ち取った市民の代表は、宮入勇二さんこちらを参照)です。
館の住人(このブログの筆者)も住民監査請求の市民メンバーのひとりでした。勧告を受けての畠山市長は大変往生際が悪く、グダグダ言っていますが、9/30までには対応を示さなくてはなりません。引き続き注視していく必要があります。
 9月議会で、住民監査請求の結果にどう対応していくのかも含めて、少なくとも4人の議員から質問が
されていますが、従来の市議会でのパターン、つまり
   議員が、すでに判明している情報再確認の質問をする。
   → 行政当局が数字を示す。
   → 議員が今後の要望をする。

   → 行政当局が「検討します」と言ってその質問終わり。
という、極めて実効性に欠けるパターンは、上尾市議会ではそろそろ卒業しませんか? そして、
「スマート」な行政
「スマート」な議会 にしてもらいたいものです。

「市民による監視の強化」で自治体改革を
「西貝塚環境センターの入札に関する第三者調査委員会」の調査報告書には、「市民による監視の強化」が挙げられています。そこには、次のようにあります。

 市民の市政に対する牽制機能の向上をもたらすことが、再発防止に不可欠である市民は、市政に より関心を高めるとともに、地方自治法にある監査の請求や市議会の傍聴などを通じて、不祥事の再発防止に努めていただきたい。市もまた、市議会の日程をメールマガジンで配信することや市議会がネット中継されていることを積極的にPRすることに努める」

 このように、調査報告書では、市民に対して今よりも積極的に市政を監視するように訴えているのです。
この訴えを目にして、館の住人も、地方自治法2条を無視した教育長の恣意的な公用車使用についての住民監査請求をおこなう決意をあらたにしました。後日、そのことについては市民のみなさまに逐一お伝えしていきます。

教育長に問います。9/25開催の定例教育委員会、「議案第49号」は「非公開の会議」にするつもりですか?

池野教育長の恣意的ふるまいをきちんと指摘できない「お飾り教育委員たち」&事務局の職員。「審議会等の会議の公開に関する指針」をまたもや自分たちに都合良く解釈するのでしょうか?

追記:
やはり9/25の定例教育委員会での「議案49号」は「非公開」とされました。理由は「個人情報が含まれているため」。
なんのことはない、請求人である館の住人(=このブログの筆者)の住所・氏名が含まれているから非公開ですと。
だったら、最初から請求人の住所・氏名は伏せたうえで「公開の会議」にすればいいではないですか、池野教育長さんと「お飾り教育委員」のみなさん!!

記事No.28

■「審議会等の会議の公開に関する指針」では
 会議を開催する1週間前まで(9/25の定例教育委員会は9/18まで情報公開コーナー、支所及び出張所に市民に向けたお知らせを公表するものとなっている他、総務課から各課あてに出来るだけHPで知らせるよう通知も出されています。
実際には、情報公開コーナーには9/20現在何らの開催通知も貼られていません。市教委HPに教育委員会の開催が掲載されたのは、9/19でした。
すなわち、「審議会等の会議の公開に関する指針」で示されている公表は現在もおこなわれておらず、HPへの掲載についても指針」期限に従わなかったことは明らかです

 

■9/25に審議される「議案第49号」の内容とは
 「事件名」として示されているのは、「教育長の公用車の使用基準に関する文書及び教育長の特定の行為に関してその正当性を示す文書の非公開決定に関する件」という、大変長いものです。
館の住人(このブログの筆者)は、

①教育長が公用車を使用する際には「使用基準」あるいはそれと同趣旨の文書があるはず。
②「政治的中立が強く求められている」はずの教育長が、市議会特定会派(旧新政クラブ)と議会閉会のたびに「夜の懇親会」に出席している。そんなことが可能であるならば、正当な理由が判別できる文書・資料等があるはず
との情報公開請求をおこないました。これに対して、市教委は①・②とも「そのような文書・資料は無い」としたため、不服申し立てをしたところ、審査会は「文書や資料が無くとも不自然ではない」と結論付け、上尾の審査会がいかに「イケ(池)のポチ」であるかを如実に示した「事件」でもあります。

■教育委員会の「主張?」とは
 再三指摘しているように、池野教育長の公用車使用は、経費のことは全く考えない、極めて恣意的なものです。「公用車使用基準などなくて当然」と主張すればするほど、市教委は自分たちのいい加減さを暴露しているということに、いまだに気づいていないのが実態なのです。
 また、「教育委員会は、政治的中立が強く求められる」と市教委のHPで謳っているにもかかわらず、教育長や学校教育部長、教育総務部長は(旧)新政クラブとの「夜の懇親会(つまり酒席)」に何度も足を運んでいました。これは、お互いに「持ちつ持たれつ」のズブズブの関係性を維持していること他なりません。
 問題は、こうした事実を教育委員の誰も「それはまずいのではないですか?」と指摘できないことにあります(文科省が言う「レイマンコントロール」など、望むべくもありません)。もちろん、従来から教育長が休む際に「お休み」などと公的なスケジュール表に記載したり、教育長悪行の「幇助」の役割を果たしている市教委事務局の責任も大きいことは言うまでもありません。

教育委員会の議案を非公開にする理由とは
予算等市議会にかける案件」や「人事に関する案件」については「非公開」となります(教育長のボーナスを増額するといった案件も非公開にするというのは市民的視座から甚だ疑問ですが)。
その他では、本記事で取り上げている、行政不服法に基づく審査請求の裁定がすべて「非公開」とされてきました。その理由のひとつは、
(教育)委員の率直な意見の交換を行った上で、適正かつ公正な採択をおこなう必要があるため 」
というものです。
はっきり言って、教育委員ともあろう方々が、非公開にしなければ率直な意見交換ができないのか?という疑問が生じます。
そういえば、最近、これに似たことがありました。
そう、先月、JOCで山下理事長が「今後理事会は非公開とする」と決めたこと(毎日新聞社説参照)に酷似していますね。でも、JOCでは、このことに反対した委員が高橋尚子氏はじめ4名いました
一方、上尾の教育委員会では、教育長に反対したり、教育長の恣意的行状を指摘する立場での発言は、今まで全くありませんでした。
その意味では、中身は上尾と同じように酷いですが、JOCの委員のほうが反対を表明するだけまし?かもしれません。
もうひとつの理由としては、
個人情報が含まれているため 」というもので、定例教育委員会の際に配布される資料の中に個人情報(つまり、審査請求人である筆者の氏名や住所)が含まれているから非公開にするというのです。
少し考えればわかることですが、これは全く理由になりません。会議録を後日公開する際には、請求人の住所・氏名は空欄で公開するのですから、定例教育委員会でも、個人情報を空欄にして資料を配布すればよいのです。はっきり言って、こんなこともわからないでよく教育長や教育委員を名乗っていられるものです。

■その時その時で理由を使い分けている市教委
 市教委が悪質なのは、行政不服法に基づく審査請求の裁定の際に、前記のふたつの理由を、あるときは「教育委員の自由な論議のため」としたかと思うと、またある時は「個人情報が入っているから」として、自分勝手に使い分けているということです。
 まさに「自分たちのためのご都合主義」と「秘密主義」が上尾市教委の本質であることを、この問題は見事に浮かび上がらせています。

 

上尾中がHPで謳う〈地域No.1校〉から受ける違和感。案の定、実証的データに基づくものではなかった。

「<地域No.1校>と謳う根拠は何?」との情報公開請求に満足に答えられない上尾中・西倉校長(前学校教育部長)と
上尾市教育委員会事務局/
指導課

記事No.27

■上尾中のHPについての情報公開請求
 こちらが上尾中学校のHP。見ればお分かりのように、「地域No.1校 上尾中学校の取組」と記載されています。

 館の住人(このブログの筆者)は、以前から≪上尾市内の中学校の間には、No.1とかNo.11というような「格差」は存在しないはず≫と考えていたので、上尾中のHPでのこの言い方には大変違和感を持ちました。
そこで、上尾市教育委員会あてに、次のような情報公開請求をおこないました。
(以下、請求内容とそれに対する回答や説明です)

◇HPには「地域No.1校である上尾中学校」とありますが、ここでいう「地域」の範囲とは、愛宕地区なのか、上尾市内なのか、それよりも広域なのか、地理的にどの範囲なのか判別できる文書・資料等。
=文書等は存在せず。「地域(学区?)の方がHPを見た際、上尾中 がNo.1だと思うと考えたのでこの表現になった(と西倉校長は言っている)(上尾市教委事務局/指導課による説明。以下同じ)

◇いつからHPに記載しているのか判別できる文書・資料等。
=文書等は存在せず。「記録としても残っていないので、不明である(と校長は言っている)」
「1年くらい前?(そう言った指導課職員がいた)」

◎haruka さんがインターネット・アーカイブを調べてくれた結果、この<地域No.1校>という文言は、2016年7月17日~2016年10月11日の間に掲載されたことが判明しました。つまり、指導課職員の発言には何の根拠も無く、虚偽であることが露見しました。

◇何についての〈地域No.1校〉なのか。生徒数の多さなのか、別の何かであるのか判別できる文書・資料等。
=文書等は存在せず。「実証的データ無し」

◇〈地域No.1校〉という言い方をするなら、地域No.2校やNo.3校もあるはず。それらの学校がどこか判別できる文書・資料等。
=文書等は存在せず。「実証的データ無し」

◇何をもってNo.1なのか明示せずに〈地域No.1校〉と言うことが、生徒の学びや成長にプラスになることが判別できる文書・資料等。
=文書等は存在せず。「生徒にプラスになるようなデータは無い」

もともと無いはずの上尾市内での「学校間格差」をあえて助長するような言い方は即刻止めるべきです。
 以上のように、大して深く考えずに(むしろ、それが校長の本質であるとも言えますが)上尾中学校のHPに記載し、本来無用な上尾市内の「学校間格差」をわざわざ生み出すことにつながるということを、西倉校長はよく考えるべきです。
しかも、公開されたHPは世界中から見ることができるにもかかわらず、「見るのは学区内の保護者だけだろう」とする、極めて初歩的なインターネット知識しか持ち合わせていないことも、今回の請求で明らかになりました。

■気づいていて何も言わないのは、教頭も同類。
 上尾中には教頭が二人いるにもかかわらず、どちらの教頭も「(実証的データの裏付けが無いので)この言い方は変えたほうがいいですね」と校長に進言しなかったと思われます。教職員の間にそうした「忖度」がこうした事態を生み出しているのは明白です。
 何の根拠の無い〈地域No.1校〉という言い方は、ただちにHPから削除し、真に子どもたちに向き合ってもらうよう、希望するものです。
なお、館の住人は、情報公開請求の「処分」通知の手交の際に、ことの経緯を説明できるはずの西倉校長の同席を求めました(平日が難しければ、市役所が開庁している土曜日でも、と希望しました)。
しかしながら、教育委員会事務局は、前学校教育部長をかばってか、「忖度」からか、市民の声を無視し、西倉校長からの説明を拒否しました

根拠が無いのに断定する表現は、子どもたちを預かる教育機関の取るべき態度ではありません。上尾中は<地域No.1校>という言い方を削除・訂正すべきです。

もはや支離滅裂な畠山市長

住民監査請求の結果に真摯に耳を傾けず、聞き苦しい不満を言うのでしたら、一日も早く市長をお辞めになったらどうですか?

記事No.26

 アベ内閣も最低最悪ですが、上尾市政も酷い状態が続いています。国政の不都合な真実追及は、リテラこちらのサイト)にまかせ、私たちは上尾の状況を見ていきましょう。

■畠山市長の市議会答弁より(2019.09.12)
質問者:糟谷珠紀議員

問:市長就任後、議会・議長サイドからの人事介入はあったか?
答:答弁は差し控えたい。(は? 何ですと?)

問:住民監査請求による勧告への対応は?

答:独立した行政機関である監査委員の監査結果に異を唱えるものではありません。私の監督責任は痛感しております。
 しかし、遅延損害金を返還すべきと結論付けされているものの、対象となる職員の範囲が不明であること
(→支出負担行為票にハンコをついた職員全員でしょ。そんなこと、わからないのですか?)
また、私に対して賠償責任があるとの結論付けがされているものの、前提となる事実認定が無く、その違法性が十分に論証されていないことなどについて、単に疑問に感じたものです
(「異を唱えるものではない」のなら、「しかし」以下は、いらないでしょ?) 
  

今も市のHPに掲載中の畠山市長のあいさつ
 さて、このたびの市長選挙は、前市長・前市議会議長の逮捕・辞職を受け、新しい上尾をつくるための選挙でした。今後は、市民の皆様の声に真摯に耳を傾け、公正な政治・公平な行政を推進し、一刻も早い市民の皆様の信頼回復に向け、全力を傾注してまいります。
自治体を取り巻く社会経済情勢は依然として厳しい状況にありますが、私は、市民の皆様との対話を重ねながら、ともに英知を結集し、次代を担う子ども達に素晴らしい郷土を引き継ぐことができるよう、粉骨砕身、市政運営に取り組んでまいります。
上尾市は生まれ変わります

 市民が夢をもてる「みんなが輝く街、上尾」の実現に向け、職員と共に一丸となって全力を挙げて努めてまいりますので、ご支援ご協力を賜りますよう、心からお願い申し上げ、就任にあたってのあいさつといたします。
→このあいさつと、市議会答弁との整合性は?

市長は一日も早く「ご決断」を。
次から次へと出てくる、993,600円随契ネタ。
宮入勇二さんのブログに詳しいです)
 上尾市民として本当に恥ずかしい限りです。
市長は全てを明らかにして、ハンコを押した職員と一緒に、払うものを払って、HPに記載されているあいさつと市議会答弁との齟齬を説明した後、一日も早く辞職の「ご決断」をお願いします。

 

情報公開請求で判明した事実。上尾の図書館には「司書」も「司書補」もいない!!

<上尾市の図書館には、専門的職員としての「司書」や「司書補」は置かなくてもよい>という上尾市教委の姿勢が、はからずも露見しました。

記事No.25

情報公開請求で判明
上尾の図書館については、従前から数々の疑問があります。例えば、専門職員としての図書館司書が上尾の図書館には配置されていないのではないか? あるいは、図書館長は司書資格を持っているのか?などの問題です。今回、情報公開請求とその処分(職員課と図書館による口頭説明)によって、そうした疑問のいくつかが判明しました。同時に、解決すべき様々な問題も出てきています。
今記事では、その一部についてお伝えします。

決算特別委員会審査報告(2018.09.27)より
 まず、こちらの会議録をごらんください(会議録の真ん中あたり)。ここで注目するのは、昨年9月の上尾市議会決算特別委員会審査報告での、平田通子委員と島田栄一図書館次長(昨年当時。現在は図書館長)とのやり取りです。

平田委員:図書館は司書が職員の中に何人の方がい らっしゃるのか。

島田次長:職員の中で司書の資格ということでございました。昨年度は…5名…今年度は…2名…(以下略)

 このやり取りの数日後、平田委員は総括意見として次のように述べています。

図書館も職員の中では司書が2人しかいないということは驚きでした。

■「ツッコミ」が足らない質問
 平田委員の質問は、観点は良いのですが、法令や根拠等を示したうえでの質問という意味では不足です。
 この問題を取り上げるのでしたら、最初に図書館法第4条を示す必要があります。

≪図書館法≫
(司書及び司書補)
第四条 図書館に置かれる専門的職員を司書及び司書補と称する。
 2  司書は、図書館の専門的事務に従事する。
 3  司書補は、司書の職務を助ける。

そこで、こういう質問をするべきでした。

 図書館法第4条に定められている、専門的職員としての「司書」及び「司書補」は上尾図書館には何人配置されているのですか?

この質問には、答弁者はさすがに嘘はつけないので、次のように答えるしかありません

 上尾図書館には、「司書」や「司書補」という職名の職員はおりません。

 こうしたことを前提にして初めて、「なぜ上尾図書館には司書はいないのか?」「専門的職員を配置せずに、教育機関としての図書館の方向性をどう考えるのか?」などの議論が発展していくのです。

 そういう質問をすれば、当時の島田次長が「職員の中で司書の資格ということでございました」などと、質問と答弁をすり替えることもなかったのです。 「司書は何人か」と尋ねられたら、「司書という職名の職員はおりません」と答えるしかありません。
そうした答弁を避けるために、島田次長は「司書有資格者」のことを持ち出したのであることは明白です。

子どもの読書活動としての図書館の役割
さらに、専門的職員としての司書・司書補は、子どもの読書活動を推進する役割を担っています。その議論を発展させるためには、昨年の5月に文科省から発出された告示を示すことが有効です。

◇2018年4月 文科省告示第73号「子供(原文ママ)の読書活動の推進に関する基本的な計画」より

P14. Ⅲ 地域における取組  1 図書館 (1)図書館の役割    「(図書館は)保護者にとっても、子供に読ませたい本を選択したり、子供の読書について司書や司書補に相談したりすることができる場所である」

P18. (4)司書及び司書補の専門的職員の配置・研修
①司書及び司書補の適切な配置
司書及び司書補は、児童・青少年用図書等をはじめとする図書館資料の選択・収集・提供、読み聞かせ会等子供の読書活動の推進に資する取組の企画・実施、子供の読書に関する保護者の相談への対応等、子供の読書活動の推進における重要な役割を担っている

「公立図書館の職員の配置については、地方交付税措置が講じられており、都道府県及び市町村は、司書及び司書補の専門性やその役割の重要性について改めて周知を図り、積極的な配置を促す

 こうした文科省の告示等を示したうえで、図書館側から「今後は、この方向で取り組みます」という答弁を引き出すのが市議の役割ではないでしょうか。

◇<図書館に専門的職員としての「司書」を置かなくともよい>という発想は、結局は上尾市民の持つ
≪図書館リテラシー(理解、分析、活用する能力)≫を過小評価しているからと言わざるを得ません。

◎上尾の図書館問題は、まだまだ問題点や課題が多くあり、現在情報公開請求をすすめているところです。今後も引き続きみなさんにお伝えしていきます。

 

 

学校での”かくれたカリキュラム”

子どもたちが学ぶのは教科書の内容だけでしょうか?むしろ、大人たちが時折見せる真の姿が<かくれたカリキュラム>として子どもたちに刷り込まれることも実際には多いのです。

記事No.24

■そもそも、教育の目的とは
 現在、学校が存在する目的(=「教育の目的」と言ってもいいでしょう)とはいったい何でしょうか。その手がかりになると思える教育基本法は、反対の声がある中で、2006(平成18)年に「改正」されましたが、その第一条では「教育の目的」として次のように謳っています。

  教育は、人格の完成を目指し、平和で民主的な国家及び社会の形成者として必要な資質を備えた心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない。

 これを見るかぎり「必要な資質を備えた国民の育成」が「教育の目的」のようです。それゆえ、子どもたちは「学校」という制度の中で学ぶよう要求され、実際に学び、その習得の程度を評価されるしくみになっています。
また、私たちはこのことについてあまり疑問に思いません。その理由は「学校では、学ぶことが当たり前である」と理解されているからです。

■「明示的カリキュラム」とは
 しかしながら、よく考えてみれば、私たちが暮らしている世の中には、実に多くのさまざまな知識が継承され、あるいは生み出され、流通しています。
そうした知識のなかには、学問知識も、職業世界で必要とされる専門知識も、日常生活で必要な「常識」も含まれます。

 それらの中から、学校において伝えるべきものが選択され、教室で子どもたちがそれらの知識を獲得できることが可能となるように、教科書等を通じて再編成されます。
その過程で、もともとの知識自体の文脈(総体)から切り離され、まったく性格が異なる知識(=「学校知識」すなわち教科としての〈社会〉や〈理科〉、あるいは〈国語〉など)として生まれ変わります。

 「学校知識」はそれを学ぶ者に対して、特別な担い手(教師)の権威と、学習内容の選択・順序・時機・進度に関する特別な規制などの受け入れを迫り、またその習得状況を授業場面や試験において絶えず監視・点検するという点で、ほかの知識とは区別される特徴をもっています。

 このような「学校知識」を、ここでは「表明された(明示的)カリキュラム」と呼びます。
こうした「明示的カリキュラム」が表の顔であるとしたら、裏の顔とでも言えるのが、「かくれたカリキュラム」です(文科省でも同様の語彙についての解説をしていますが、本稿の解釈とは異なります)。

■「かくれたカリキュラム」の特徴
 ここで、「かくれたカリキュラム」の特徴を3つほどあげておきます。
(1) 《学校で学ぶこと》が《意味のある、評価を受ける知識》であって、学校で学ばない生活的知識は、性質の異なる価値の低いものだ』という、知識に関する分類と価値序列を学びます。

(2) 『秩序は他者(学校の場合、担任教師や校長)によって決められるものであり、それを左右できる権力の保持者もあらかじめ決まっているものだ』という「秩序の他者規定性」と、「権力の上下関係の存在」を学びます。

(3) 学校やクラスでは、子どもたちの「協力・協同」や「みんな仲良く」といったことが言われます。
しかしながら、学業成績の系統的評価とそれによる処遇・進路先の違いは、むしろかくれた作用として、子どもたちに事実上の「競争関係」の存在を教え込むことになります。つまり、業績主義と競争関係の強い支配力を学ぶことになります。

 「明示的カリキュラム」による知識は、それを獲得するためには子ども自身が相応の努力をしなければなりません。それに比べて、「かくれたカリキュラム」はそれほどの努力を必要とせずに学校生活の中で自然と学ぶのが特徴です。
その意味では、「明示的カリキュラム」よりも学習効果としてはむしろ強力だとされます。上記(3)で述べたように、学級での「協力・協同」は、「かくれたカリキュラム」で競争関係の存在を学んだ子どもたちにとっては、むしろ「偽善・欺瞞」と受け取られることになりかねません。それを避けるためか、学校では行事(体育祭や合唱祭)で学級同士を競わせるなど、個人間競争意識を少しでも緩和する策がとられることがあります。

■かくれたカリキュラムの負の影響を抑えるには
 ここまででは、「かくれたカリキュラム」の負の面ばかり強調しているように聞こえるかもしれません。その負の影響を避けるためには、まずは、こうした「かくれたカリキュラム」が存在することを、同じ学校で働く教職員としての共通認識としたうえで、改善策を考えていく必要があります。

 たとえば、市教委指定の「研究発表会」や「指導課訪問」は、現状では「大人にとって特別な日」となっているのが実態です。
子どもたちは、“先生、今日はずいぶん緊張しているな”とか、“校長先生が「お客さん」にペコペコしている” と感じるとすれば、子どもは「かくれたカリキュラム」によって、それまで把握していた「権力の上下関係の存在」以上の「ヒエラルヒー(上下の序列性)」をあらためて知ることになると言えます。
そうした「学び」は、子どもたちや学校の教職員にとって、その後の学校生活にどのような影響をもたらすでしょうか。
すでに述べたように、「学校知識」は、それを学ぶ者に対して、特別な担い手(教師)の権威の存在が不可欠となっています。敢えて新規のヒエラルヒーが存在することを知らしめるのは、子どもにとっても、教師(とりわけ担任)にとっても必ずしも有益なことであるとは言えません。「かくれたカリキュラム」を子どもの成長に働くように組み換える観点が、今ほど求められている時代はないかもしれません。

「かくれたカリキュラム」による子どもの「気づき」や「学び」は、研究指定発表や「指導課訪問」などの際だけにとどまりません。
 市内の小中学校では、教育長が来校するとなれば、校長・教頭(場合によっては主幹教諭も加え)が予定時刻のずっと前から校門の門扉のところに立ち、「教育長サマ」を出迎えようとする姿(はっきり言って、あまり格好の良いものではありません)を、子どもたちが興味深く見ているという光景が見られます。
 校長や教頭のみなさんには、そうしたとき、何のために早くから「お迎え」に立つのか、それを見て子どもたちがどう考え、何が刷り込まれるかを考えて、自らの行動を振り返ってほしいと思います。
「権威の序列性」の強調は、むしろ学校や子どもたちにとっては百害あって一利なしと言えるでしょう

※参考文献:
 苅谷剛彦・濱名陽子他『教育の社会学 新版』有斐閣,2016年

 

市政を実証的データで語り、議論できる市民の登場が待たれる。

デタラメ服務の池野教育長の<再任>に異を唱える議員がただのひとりもいなかった上尾市議会。
12月の市議選は、上尾のために本当に必要な議員は誰な
のか、市民ひとりひとりが考える選挙になります。

記事No.23

■なぜ「起立全員」で池野教育長が再任なのか?
 館の住人(このブログの筆者)は、池野教育長のデタラメ服務の実態-例えば、正規の休暇取得の手続きを経ずに休み、公的スケジュール表にも「お休み」などと書かれている問題(「お休み」などという勤務態様は絶対にありません)や、市内の教職員には綱紀粛正の厳守といいながら、自分は都市教育長会議と称して岩手の博物館(行く必然性の文書は「不存在」でした。つまり、わざわざ〈嘘〉をついてまで行く必要は全くなかったのです)に行っていた問題、あるいはどこか遠くに行った際(出張)に、そのことについて教育長就任以来ただの一度も教育委員会に報告したことがないなどの信じ難い事実関係etc. を指摘し、住民監査請求を起こし、監査委員からも池野教育長に対して厳しい意見が付けられたことをお伝えしてきました。
 こうした中で、一方では、4月から教育長の服務についての規則が設けられたり、遅ればせながら出張報告がされるなどの変化が出てきました。これらは明らかに住民監査請求の影響によるものであり、裏を返せば、check機能としての教育委員会が全く機能しなかったということでもあります。
ところが、2019.03.21、徹夜明けの市議会で、池野教育長再任についての議案に対する質問はゼロ、出席議員「起立全員」で池野氏は再任されました。
このことは、どう考えてもおかしなことであり、池野氏に対する質問も皆無という市議会と議員には正直言って失望しました。もし館の住人の投稿(当時はビジネスゲームの館に投稿していました)を見ているにもかかわらず無視したのであれば、議会と教育長は「ズブズブの関係」であると言わざるを得ません。

■市議としての宮入勇二さんに期待します!
 今年5月、池野教育長がまた上尾市の公用車を極めて恣意的に使用する事態が起きました。これについては現在情報公開請求中ということもあり、内容は後日みなさんにお伝えしますが、3月に「全員一致で再任」されたということを逆手に取って自分勝手をしていると言えます。
 少なくとも、宮入さんが市議になれば、池野教育長に対して臆することなく実証データに基づいて事実を指摘したり、的確な質問をしていただけると期待しています。宮入さんの基本的な立ち位置こちら

 とにかく、12月の上尾市議選で、市政をデータで語れる市民として宮入勇二さんが立候補するというのは、久々に期待が持てるニュースだと思います。

市民と共有しない「コンプラ研修」などより、職員は「住民監査請求の結果」を読んだほうがよほどいい

ただし、読む際は声を出し、周りにも聞こえるよう音読するようお勧めします。

記事No.22

■上尾市と市民にとって、まさに画期的な出来事
 元市長のブロック塀を公費で負担した問題について、市民6名による住民監査請求(=上尾市職員措置請求)の結果、市民側の請求がほぼ全て認められ、上尾市長はじめ都市整備部長、道路課長などに対して「勧告」が出されました。
ちなみに、館の住人=このブログの筆者も住民監査請求人のうちの一人に名を連ねています。
住民監査請求への結果の
詳細はこちらの「ビジネスゲームの館」記事を参照してください。 

 このことがいかに画期的な出来事であるかを数字で示せば、市民がいくら証拠をそろえて住民監査請求を起こしても、「勧告」に至るのは全国の自治体での請求数合計 1,515件 に対して「勧告」は44件。
つまり「勧告」率は わずか 2.9%という数字に表れています。※データは総務省『地方自治月報No.59』「
住民監査請求及び住民訴訟に関する調 2017.4.1~2018.3.31 」によります。

これは、上尾市にとって初めての出来事ということ(監査委員事務局職員 談)であり、「市民による行政監視」という点から見ても大変画期的なことです。

■「住民監査請求結果」こそコンプライアンス研修
 上尾市は、今回のブロック塀公費負担という不祥事の再発防止のための「コンプライアンス研修」をやらなければなりません。さもなければ、07.09におこなった研修会との整合性が取れません。
前記事で述べたように、「研修の資料を市民には見せない」などという「きわめて度量の狭い」講師などをわざわざ呼ぶ必要はありません。
監査委員から出された「住民監査請求に係る勧告の内容について(通知)」を、全ての上尾市職員が周りに聞こえるように、職場で、あるいは自宅で音読すれば再発防止のための「研修」になるのです。

(市民からの提案)
職員が文化センターに集まって、交代交代にみんなの前で(もちろん、聴衆として市民も入れて)勧告の内容を吟味しながら、声を出して読んでいくのが、再発防止に最も効果的です。

■上尾が変わるには、市民との情報共有こそ必要
 少し残念なのは、こうした市民側からの具体的な動き(監査請求など、実際に行動に移すこと)が、前述の市民6名の他には現れなかったことです。
市政(あるいは市教委)の実態(「不都合な真実」とも言います)と問題点を多くの市民と共有し、どうすれば良い方向に向くのかを一緒に考え、実際に行動を起こしていくことが今こそ求められます。

 市民に身近であるはずの上尾市議会でも、今回のような住民監査請求の観点に立って質問し、改善を求めていく議員が現れることを期待したいと思います。

 

「コンプライアンス研修」中身は結局闇の中???

“度量の狭い”講師 を選んだ上尾市

記事No.21

■添えられ1枚の写真
 上尾市webには、「7月9日に文化センターで、市長・副市長・教育長も含め課長職以上の職員を対象に研修を実施しました」とあります。下の写真も添えられていますが、この写真を見てどんな感想を持つかは、全く市民の自由です(私的感想で言えば、前列向かって左から2番目と3番目の方の表情が今の上尾を象徴しているように見えます)。

■そもそも、何のための研修なのか。
 この(コンプライアンス)研修をおこなった理由としては、「西貝塚環境センターの入札に係る第三者調査委員会からの再発防止策の提言を受けて、職員の職務に係る倫理の保持に資するために行ったもの」だそうです。ただ、注目すべきは研修の日付。この研修の少し前、6/20には市議会で例の元市長宅ブロック塀公費修繕問題が取り上げられました。
つまり、次から次へと起こる不祥事に、研修のほうが追い付いていない状況なのです。
このようなことを繰り返していたら、次回の研修は「上尾市ブロック設置問題に係る調査委員会調査報告書の提言を受けて」の研修も行われなければならないことになります。

■研修内容の情報公開請求に対して「非公開」???
 館の住人は、07/09 の研修会の内容が知りたいと考え、研修資料の開示を求めて情報公開請求をおこないました。その結果は、なんと「非公開処分」でした。
非公開とされた理由は、「研修資料については、講師が著作権を盾にして公開を拒んでいるから」というものです。
すなわち、07/09の研修会は市役所の課長以上の職員は全員出席していますが、その内容については市民には公開されず、闇の中ということになります
こうした上尾市の対応には、市民として非常に違和感を持ちます。同時に、この研修会の講師である高嶋直人氏(上尾市HPによれば、「人事院公務員研修所客員教授」だそうです)をなぜ選んだのか(担当は職員課)、当日の研修資料は上尾市役所に帰属するという確認をしなかったのか疑問が生じます。
この講師は、研修内容が公開された場合は、“自分の「商売」に差し支える” との判断で資料の公開を拒んだのでしょうが、それは「不祥事続きの上尾で、何が問題なのか、何をすべきなのか」ということを市民と共有することを拒んだということになります。
結果的に上尾市は “極めて度量の狭い”講師を選んでしまったことになり、またひとつ上尾市行政の失敗例となってしまいました。

■職員研修の公開を
 上述のような問題について、ひとつの有効な解決の方法を示してくれる参考文献があります。
 浅野詠子『情報公開で進める自治体改革』自治体研究社,2010
(残念ながら、上尾図書館には収蔵されていません)

 文献で著者が主張していることは、次の点です。

 自治体には情報が集積されています。これらの情報をどう住民と共有するかは、自治体が解決すべき課題のひとつですが、解決策の具体例の一つとして
職員研修のテーマを見ればNPOのメンバーや私企業の者が率先して学びたい分野がかなりあるだろう」(前掲書,140頁)とし、職員研修に住民の参加を求めています。 

 著者が主張するように、自治体職員対象の研修について、住民の参加も認めるという手法は斬新であるとともに、全国の自治体においても取り組むべき課題であると考えるものです。
上尾市でも、次回以降の職員研修は、空いた席は市民で一杯にするくらいの“度量の広さ”を示してもらいたいものです。

 

 

 

 

 

 

 

「学校施設更新計画基本方針」への意見

記事No.20

■今週は…
 実は、館の住人(このブログの筆者)は某大学の通信教育課程で学んでいる学生でもあります。
今週は月曜日から今日まで夏期スクーリング(面接授業:略称夏スク)でした。ちなみに、受講した科目は以前から学びたいと考えていた「図書館・情報学」です。講義はもちろん、大学図書館で参考文献を渉猟する中で新しい知見も得ましたが、その話はいずれまたお伝えします。

■上尾では、大事なことが次々と…
 夏スクに行っている間に、先輩ブロガーのビジネスゲームの館では、上尾市にとって重要な出来事などについて、次から次へと更新がされており、しかも的確な指摘と分析がされていることに少なからず驚きました。
その中で、AKB事件の報告書も大事ですが、少しさかのぼって、「上尾市学校施設更新計画基本方針」(原文はこちら。※最終閲覧日2019.08.24。ただし、今後 担当課である市教委事務局 教育総務課により削除される可能性もあります)への意見書を館の住人も提出しましたので、そのことについて今記事では取り上げます。

■上尾市学校施設更新計画基本方針への意見
 P15枠内
「児童数は今後も減少していく見込みである」と、
「生徒数は今後は横ばいで推移していく」
とは矛盾する。
※現状認識と今後の見通しの問題。
児童数(小学生)が今後も減
少していくならば、
生徒数(中学生)も数年後減少していくはず。
減少幅に見合う転入の中学生がいない限り、決して
横ばいにはならない。
 

 P29中央 1)
児童・生徒の学びとともに社会性も身に着けられる
学校規模の維持
※文書作成能力(検証含む)の問題/学びや社会性を 獲得する場合、「身に着ける」は使わない。「身につける」あるいは「身に付ける」が正しい。

 P34(2) 利用しやすい教育環境整備の推進
※「コミュニティスクール」についての記述が無い。
昨年度あたりから鳴り物入りで始めたにしては、それに関する記述が欠落しているというのは解せない。

 P41 小中一貫に向けた教育の推進 [現状]
「小1プロブレム」や「中1ギャップ」との記述があるが、その概念を実際に裏付ける、上尾市における実証的なデータが示されていない。そういう状況で、一般的な語彙を使うべきではない。あくまでも上尾市の現状を踏まえた記述であるべき。

 P41 小中一貫に向けた教育の推進 [主な取り組み]※「9か年を見据えた教育課程を編成します」とあるが、そのロードマップは検討されているのか。それとも全く白紙の状態なのか。誰(どこ)がどのように進めていくのか疑問。
※「中学校区における異校種間の連絡会や研修会などを定期的に実施」とあるが、学校現場でこれ以上研修会を増やすのは甚だ疑問である。

 さて、こうした意見がどの程度反映されるか、今後の推移を注視していきましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

上尾市教育委員会の不都合な真実 ー学校教育部長の異動先ー

歴代「市教委 学校教育部長」の異動先は、なぜ特定の学校に偏っているのか

記事No.19

■学校教育部長の異動先に見る「不都合な真実」
 2001(H13)年度以降の市教委「学校教育部長」の異動先を調べたところ、例外の2件(理由は後述)を除き、全て「上尾小」か「上尾中」でした。
 このことが何を意味するのかについて今回はお伝えしますが、前記事のとおり、市教委学校教育部長となった者は、その職のままで退職することは絶対にありません。彼らは埼玉県の採用試験を受けて教員になったので、退職金も当然県で支払うのが行政としての「絶対のルール(義理とも言える)」だからです。
裏を返せば、学校教育部長のまま退職されては、「退職金支払の義務は無い」はずの上尾市が一番困るということになります。

■歴代「市教委学校教育部長」の異動先は?
一覧で示せば、次のようになっています。

2001(H13)年度  宮崎四郎学校教育部長  → 上尾小
2002(H14)~2004(H16)年度   岡野栄二(〃) →上尾小
2005(H17)~2007(H19)年度 井川 隆(〃) →上尾中
2008(H20)年度   飛田政弘(〃) →上尾小
2009(H21)年度   曽我部延孝(〃) →大石中                    
2010(H22)~2012(H24)年度   池野和己(〃)  →上平中
2013(H25)年度          講内靖夫(〃)   → 上尾中
2014(H26)~2016(H28)年度    西倉 剛(〃) →上尾中
2017(H29)~2018(H30)年度 今泉達也(〃) →上尾小

2019(H31)年度~   伊藤   潔(〃) → ??

(解説)
まず、「上尾小」・「
上尾中」以外の学校への異動についてですが、曽我部氏の大石中への異動は、井川氏が上尾中に在任中だったことによるものです。
池野氏の上平中への異動は、逮捕前の前市長と繋がりを持ち、その後の教育長就任を意識したものであろうと推測されます。ただ、当時そこまで見通せた方はほとんどいなかったと思われます。
それ以外は全て上尾小か上尾中(小中の違いは教職経験によります)となっていることは、今さらながら注目に値します。
なお、岡野栄二氏は上尾小校長時代に、3月の年度末を待たずに(責任放棄とも言えます)、年度の中途で「自己都合」で教育長に就任しています。

■上尾市内の小中学校に、市教委自らが「格差」を生み出している?
<上尾には、市教委により恣意的に作られた「学校間格差」が存在するのではないか>との観点から情報公開請求をおこないました
その内容は次のとおりです。

 上尾市内各小中学校間には「学校間格差」が存在しないこと、あるいは「学校間格差を生じさせてはいけない」と市教委が述べていることが判別できる文書・資料等(を情報公開請求します)。
ここで言う「格差」とは<空間的な距離の差>や<地域差>あるいは<学校規模の差>のことではなく、『A学校はB学校より「格」が上である』等の「格差」のことを指すものです。

 この情報公開請求の結果は「文書不存在」の処分とされました。つまり、市教委は「学校間格差を生じさせてはいけない」という文書・資料等を保有していないということになります。
ここで、素朴な疑問が生じます。
もしも「学校間格差」
が無いとすれば、上尾市内には小学校22校、中学校11校があるのですから、歴代の学校教育部長の異動先が、なぜ上尾小と上尾中ばかりに集中するのかの説明がつきません
「学校間格差」が無いのであれば、学校教育部長の異動先は市内のどの学校でも良いはずです。

■上尾市内の小中学校には本来無いはずの「格差」を市教委自らが生み出している?
以上のように、あたかも上尾小と上尾中が(空間距離的な意味ではなく)「市内の中心校」であるかのごとく受けとめられるような人事異動を、上尾市教委自らがおこなってきており、それはずっと続いているのです。

先の住民監査請求についての監査委員の「意見」、すなわち
「教育行政の責任者として、服務規律の厳正な確保を指導する服務に係る記録の管理が不適切であったことは、大変遺憾である」
あるいは
「教育委員会事務局は、請求人からの行政文書公開請求等により改善の機会を得ていたにもかかわらず、事実確認や見直しを怠った」
などの指摘に加えて、今回述べた事実から、「上尾市教委の不都合な真実」がまたひとつ明らかになったとも言えます。
こうしたことが是正されるべきであることは市民的視座からも当然であり、上尾市教委「正常化」の道程がまさに始まったとも言えます。

 上尾市教委は、自らが生み出した「学校間格差」をこのまま放置するつもりが無いのであれば、2019年度から学校教育部長の職にある伊藤 潔 氏について、上尾小・上尾中以外の学校へ異動させることです。
 今記事でお伝えしたように、学校教育部長の異動先を注視することも、市民による教育行政監視につながるのではないでしょうか。

 

 

 

 

 

お問い合わせに答えて ー「市費」と「県費」ー

記事No.18

■分かりにくい「市費職員」と「県費職員」
 前記事について、
教育委員会事務局職員の内「指導主事」は「県費職員」なのかどうかというご質問を「お問い合わせ」経由でいただきました。
確かに「市費」と「県費」という分け方は、市民の方から見るとわかりにくいと思いますので、今記事では、なるべくわかりやすくご説明しましょう。

■もともとは、どこが採用したかの違い
端的に言えば、埼玉県の採用試験を受けて教職員になった場合、「県費(負担)教職員」と言います。
ただ、こういう呼び方は、保護者や一般市民の方にはあまりなじみが無いと思われます。
例えば、上尾市内小中学校に勤務する先生方は、埼玉県の採用試験を経て教員になっていますので「県費(負担)教職員」ということになります。
少し付け加えれば、「県費教職員」には、職名で言うと、校長・教頭・主幹教諭・教諭・養護教諭・栄養教諭・学校栄養職員(栄養教諭以外)・学校事務職員が含まれており、給与は埼玉県から支給されます。

■「指導主事」は、とりあえず「市費負担」
お尋ねの件で言うと、市役所7階の上尾市教育委員会事務局にいる「指導主事」は、もともとは小中学校勤務であった者が、数年間だけ上尾市から給与が支給され、「市費負担の職員」ということになります。
学校現場では誰が「指導主事」として市教委事務局での勤務になるかは、全くわかりません(人事異動の闇)。ただし、現状は教頭・校長候補者名簿に登載されている職員が「指導主事」となっているようです。

■「最後は学校への異動」は「絶対の掟(おきて)」
 市教委事務局の「学校教育部長」・「指導課長」・
「学務課長」も「指導主事」となっています。
これらの職員は、あと2~3年で退職という際には、必ず学校現場へ異動となります。
なぜなら、もともと埼玉県で採用されているので、「退職するときは採用したところが退職金を払う」という絶対的なルールがあるからです。
つまり、よほどのこと(死亡退職など)でもない限り、市教委事務局の「学校教育部長」のままで退職することは絶対にないのです
なお、ここ20年ほどの歴代学校教育部長の最後の異動先について情報公開請求をしたところ、大変興味深いことがわかってきました。
それについては、次回以降にお伝えします。

 

 

上尾市教育委員会の不都合な真実 ー指導主事についてー

記事No.17

市教委「指導主事」の人数が減っても学校は困らない

■上尾市職員定数条例では…
  上尾市役所の7階に「上尾市教育委員会事務局」があります。行ってみるとわかりますが、何やら多くの職員がいます。そこに「学校教育部」と「教育総務部」があり、部ごとに各課(学校教育部ならば「学務課」「指導課」「学校保健課」)に分かれていることを知っている市民は多くないでしょう。

 実は、市教委事務局職員の定数(つまり、何人の職員を置くのか)は、本採用者の総数しか決まっていません。小中学校や図書館で勤務している、多くの「非正規職員」「臨時職員」は、上尾市職員定数条例での定数の中に入っていないのです。
同条例によれば、上尾市教育委員会事務局(その中にも再雇用を含む非正規職員の方
はいますが)と学校職員(市費負担の正規職員)と合わせて167人です。  

 ただしこの人数の中には、学校に勤務する[県費負担の教員や学校職員](正規・非正規問わず)は含まれていません。

■多種多様な任用の職員
 市民からしたら、誰がどういう立場で働いているのかは、ちょっと見ただけではわからないでしょう。

 一説によると、上尾市役所の場合「ぶら下げているネームカードに写真が貼ってあれば正規職員」だそうですが、小中学校に行くと、その区別はありません。

■「指導主事」の配置の「不都合な真実」
今回の記事で取り上げる、上尾市教育委員会事務局の学校教育部に配置されている「指導主事」と呼ばれる職員の定数も、実は決められていないのです。

 今年度、指導課にいる「指導主事」の数は、課長を含め11名です。その他に学務課に3名、学校保健課に1名の「指導主事」が配置されています。
しかしながら、その数は定数条例で決められたものではありません。
では、なぜ指導課に指導主事が11名という多人数が配置されているのでしょうか。

 それは、指導主事たちが「自らのアイデンティティを維持する」こと、つまり「指導に関する事務」と称して市内の小中学校に対して強制的に3年サイクルの「研究委嘱」なるものを設定し、学校に訪問すること、あるいは「指導課訪問」という名の「押しつけの訪問」をする、いわばイベントを目的として慣習的に今の人数を置いたと考えられます。

 結果的にそれは、「権威の序列性」を一般教職員に見せつけることになります。勘のいい子どもは「先生よりエラそうな人が来た」と思うかもしれません。

 また、教頭や校長の「予備人員」として教育委員会事務局に人数を置いておくということもあり、現在は「教頭・校長候補者名簿登載者」のみが「指導主事」となっています。

■「教育委員」の集まる会議でも語られることのない教員多忙化の要因  
 いわゆる「働き方改革」と称して、教員の長時間勤務が社会問題になっている昨今、解決のために、たとえば中学校での部活動外部指導員の配置増や、印刷やコピーを受け持つ「スクールサポートスタッフ」の配置などが方策として出されています。

 しかしながら、そうした「対処療法」的な方策よりもむしろ、多忙化の主要因と思われる<教育委員会から発出される指示や施策>が本当に必要なのかなどについては、定例の教育委員会の会議等でも話題に出ることはありません。

■「指導主事」という名の職員の資質
 上尾では、発表を伴う強制的な「委嘱研究」が行われています。3年に一度とは言うものの、発表の前年の中間発表などもあり、学校にとっては相当なプレッシャーになります。主担当の教員(研修主任)はもちろん、全員が「指導主事」に「授業を見てもらい」、講評を聞くという流れですが、問題は、「指導主事」の資質です。

 実際には、小学校の勤務経験しか無い「指導主事」が、中学校のベテラン教師に対して「指導」するという実態があります(これについては、市教委HP「教育委員会会議の結果」H29年3月,20頁を参照していただくと、指導主事の実像がよくわかります)。

 また、研究発表前日には、「指導主事」によるメイン会場等の下見があり、下足箱に貼られた「ナントカ部長様」などの表示の位置まで直される実態、つまり完全にイベント化していることも、ほとんどの市民の方は知らないでしょう。
おまけに、市議会において、学校教育部長は「委嘱研究は児童生徒の学力向上に寄与している」と答弁していますが、それを市民に十分納得させるだけのデータはありません。

■「指導主事」が半減しても、学校現場は困らない
 教職員の長時間勤務を解消する手立ての一つとするためにも、現在市教委事務局に配置されている「指導主事」の人数を半減したうえで、「委嘱研究」とそれに伴う指導主事による「学校訪問」は、あくまでも「希望制」とすることを提言したいと思います。
その際、学校側から本当に適切な助言が出来るような「指導者」を選べるようにすることも必要です。

 最も簡単な方法は、「指導主事」と称する方に模範授業をやっていただくことです(絶対にやらないというか、出来ないでしょうが)。 さらに、現場教員が「指導主事」の指導や助言に対してコメントできるようなシステムも導入されるべきです。

 できることなら、こうした実態や要望を市議会等で発信してもらえる議員が現れれば良いのですが。

 

 

「市長へのはがき」から ー審議会の公開と議事録の公表についてー

記事No.16

■「市長へのはがき」(その1)
 
6月に上尾市HP「市長へのはがき」経由で要望を出しました。

 「会議」や「審議会」を開催する際は「お知らせ」の紙1枚を市役所1階の隅にある情報公開コーナーや支所に貼っただけで周知できるとは思いません。
上尾市のHPで公表すべきです。

 これに対する回答は(担当=総務課,2019.06.24)

 「会議開催の事前公表につきましては、市HPでの公開に努めるよう各課に周知してまいります」

というものでした。

 市民からの要望で、やっとHPに会議等の事前公表がされるようになったと言えます(努力目標ですが)。
しかしながら、まだ問題があります。
市のHPを見ても、会議の担当課まで行かなければ、会議等開催の詳細がわからない、という点です。
「そんな会議、あったんだ… 傍聴したかったな」という市民の声もあることから、早急に市の
HPの目立つ箇所に「審議会等の会議の事前公表」のコーナーを設け、トップページから直接行けるようにする必要があります。
そこで、先月再度「市長へのはがき」経由で上尾市に要望しました。

■「市長へのはがき」(その2)
1.現行の「審議会等の会議の公開に関する指針」は約18年間改正されていないため、速やかに改正し、「市のHPにも掲載する」旨明示していただきたい。

2.上尾市HPのトップページに「審議会等の会議についてのお知らせ」をHPの目立つ箇所に新設していただきたい。

 これについての市からの回答は今のところ来ていませんが、何と言ってくるでしょうか

■「議事録」の公表時期について  
 市のHP(施設課)に、「上平地区複合施設に関する第1回市民ワークショップの開催延期について」という「お知らせ」(原文はこちら)が掲載されました。
延期の理由は【第1回上尾市上平地区複合施設検討委員会(7月19日開催)で決定】ということです。

 そこで、7/19に開催されたこの会議の「議事録」の情報開示を求めたところ、担当課から「文書非公開」であるとの文書(2019.08.02付け上施第303号)が郵送されてきました。その文書の備考欄には次のように書かれています。

「審議会等の会議の公開に関する指針」に基づき、会議終了後、概ね1ヶ月以内をめどに会議録を作成し、情報公開コーナーに備え付け、一般の閲覧に供するよう準備を進めている。

 この記述には二つ問題点があります。ひとつは、

 「審議会等の会議の公開に関する指針」(原文はこちら)には、「1ヶ月以内に会議録を作成する」という文言はどこにもありません。すなわち、市民に向けた説明としては、不親切極まりない言えます。

 もうひとつは、「情報公開コーナーに備え付け、一般の閲覧に供する」という点です。
これでは、「市長へのはがき」への総務課の回答「会議開催の事前公表につきましては、市HPでの公開に努めるよう各課に周知してまいります」
とは明らかに祖語があり、総務課の趣旨
が徹底されていないと言えます。

■実は「指針」以外に、「解釈及び運用」があった!
 施設課に問い合わせてみて、初めて明らかになったことですが、「1ヶ月以内に会議録を作成・公表」というのは、実は「審議会等の会議の公開に関する指針の解釈及び運用」という文書があり、市民にはweb等で公開されていないことがわかりました。
その文書を入手したところ、「会議終了後、概ね1ヶ月以内をめどに会議録を作成し、資料とあわせて保管、保存するものとする」と書いてあります。

 もしかしたら、webで公開されていない、こうした「〇〇についての解釈及び運用」といった文書がそれぞれの課にあり、市民の目には触れないようになっているかもしれないとも考えられます。
このことについては、もう少し検証していく必要がありそうです。

 

 

 

上尾市教育委員会の不都合な真実 ーとにかく「非公開」にしたがる市教委ー 

記事No.15

AKB事件の陰で…
 現在上尾では、6月市議会の井上質問に端を発したAKB事件(A=新井弘治元市長  K=小林元議長  B=美創建業)がどうなるか注目を集めています(返金したからといってTHE END となるわけもありません)。
AKによる職員への「圧力」の問題は今後どうなるのか、また、職員が工事を7枚の伝票に分けてBに時期をずらして発注したことについての公務員としての責任の問題、あるいは全員協議会でKが平然と「今までもやっていること」として息子の会社Bを擁護したことはどう発展していくのか、さらには「住民監査請求」についての監査委員の対応は?…etc
これらについては、こちらのブログや、あるいは、こちらのブログが詳しく、しかも鋭く的確に問題点を指摘しています。
 少し視点を変えますが、えてして、こうした大きな問題が勃発している際には、「これはどうなのか?」と思えることが、まるで何もなかったように葬り去られようとしていることがあります。
 今記事では、情報公開請求についての「審査会」の真の姿をお伝えします。

■情報公開制度の目的=市民による市政への参画
 市民(在住・在勤含む)が「上尾市の、この情報について知りたい」と思えば、上尾市情報公開条例(全文はこちら)により、情報公開請求をし、市の保有する情報を開示してもらうことができます。

  その際、上尾市としては、
○市の保有する情報の一層の公開を図ること。
○市の諸活動を市民に説明する責務が全うされるよう にすること。
○市民による市政の参加の充実を推進すること。
○公正で開かれた市政の発展に寄与すること。
が求められています。
これらは、情報公開制度の大前提となるものです。

■とにかく「非公開」にしたがる市教委
 情報公開請求をするとわかりますが、上尾市の行政や市教委は、とにかく「行政文書の存否」だけを問題にしようとします。
その理由としては、「情報公開請求書」ではなく、「行政文書請求書」を提出することに起因するとも言えますが、その結果、「請求された文書は作成していないので不存在」という通知が渡される例が多くなります。これから述べる「文書」類もそういう扱いを受けました。そこには、「市民による市政への参画」や
「情報公開請求を契機に自らの業務を見直す」姿勢は見受けられません。

■非公開とされた文書類
(1) 教育長が公用車を使用する際の「基準や目安」となる文書・資料等。
(2) 市議会の(旧)新政クラブとの酒席に、教育長が公務として出席してもなんら問題ないことが判別できる文書・資料等。
これらのどちらも「文書不存在」でした。つまり、
(1) 公用車使用基準が無ければ、日本全国どこにでも行けることになってしまうこと。
(2) (旧)新政クラブとの酒席に公務として出席しているのは、教育長だけでなく、学校教育部長も教育総務部長も同席しています
「政治的中立を維持することが強く要請されている」(市教委
HPり。原文はこちら)市教委として、あってはならないことですが、そうした席に平気で出るということは、出ても差し支えないという根拠となる文書・資料があるはずです。

■「行政不服審査」は市民にとっては高いハードル 
 ≪文書不存在だから非公開という処分はおかしい≫と考えた場合に、市民に残されている手段としては、行政不服審査法に基づく「審査会への請求」という方法があります。
「審査会」は、
正式には「上尾市情報公開・個人情報保護審査会」といいます(委員名はこちら)。
しかしながら、
実はここまでたどりつくのには、時間がかかり、高いハードルといえます。
それゆえ、たとえ「処分に不服」であっても、途中で「もういいや、諦めます」という市民の方も多いと思います。この点はもう少し簡略化できないものか、市としても検討していく必要があると思います。

 一連の情報公開請求・審査会について時系列で示すと、次のようになります。
2018.
05.1011  池野教育長、都内自宅―横浜,翌日横浜―都内自宅 公用車使用(公費支出 公用車=10,540円  if 車利用であれば2,188円)
07.02  池野教育長、市議会特定会派との夜の懇親会(つまり酒席)に「公務」として出席したことが後日の情報公開請求により露見。
 08.14  上記 (1)(2) 文書について情報公開請求
08.27 「文書不存在により非公開」の「処分」通知 09.21  前記「処分」を不服とし、審査請求
10.26 
市教委より「弁明書」送付される
12.10  
市教委より「弁明書を一部訂正」旨連絡あり  2019.
01.08  
請求人による「反論書」を審査会に提出 01.18    請求人による「口頭意見陳述申立書」・「質問趣意書」を審査会に提出
03.08  口頭意見陳述(請求人・市教委双方)
07.24 
審査会より「答申書」が送付される
 とにかく、「審査会」へ不服審査の請求をしても、これだけの時間がかかっており、 教育長の「悪行」からは、すでに1年以上が経過しています。
とりわけ、「口頭意見陳述」から
「答申書」送付までの時間が長すぎます。
審査会としては「いかに市教委を守るか」に腐心したので、これだけ時間がかかったと推測できます。

■「審査会」は結局、市教委の防波堤の役割
 「審査会の答申書」の中身は、4ヵ月半かかった割には「お粗末」そのものです。
(1) 教育長が公用車を使用する際の「基準や目安」となる文書・資料等。
 
→「文書不存在であっても不自然ではない」
(2) 市議会の(旧)新政クラブとの酒席に、教育長が公務として出席してもなんら問題ないことが判別できる文書・資料等。
 →「文書不存在であっても不自然ではない」
 池野教育長の一連の行為が「不自然」だからこそ情報公開請求や審査請求をしているにもかかわらず、「答申書」に客観性や公平性は見られませんでした。

 残念ながらこれが現在の市教委と、その防波堤としての「審査会」の「不都合な真実」なのです。
 (2) については、「新政クラブ」が解散し、所属していた大半の議員は「彩の会」なる会派に移動しているという現在の政治情勢から、今年度は教育長や市教委事務局の部長も酒席への出席を控えているようですが、市民としては、さらに注意深く監視していく必要がありそうです。
 (1) については、もし、「公用車の使用についての基準や目安」が無いとなれば、どこにでも行ける理屈になりますが……後日の記事で続報をお伝えします

 

 

図書館行政について ー5/1を休館日にした本当の理由ー

記事No.14

■知る権利
  国民にとっての『知る権利』とは、憲法で定める基本的人権のひとつであると言えます。また、一般的に『知る権利』というと、情報公開制度と結び付けて考える場合もありますが、一方では、私たち市民がさまざまな情報や文化的資料等を入手しようとする意味での『知る権利』を行使する際に「図書館」の果たす役割は多大なものがあります。
 図書館に関する法律としては「図書館法」があり、その直接の根拠は「社会教育法」第9条に<図書館及び博物館は、社会教育のための機関とする>と定められていることによります。そのため、上尾市教育員会のHPにも「図書館計画」が記載されています。
館の住人(このブログの筆者)も、図書館をよく利用します。そのほとんどは上尾市図書館(本館)か、県立図書館(久喜)です。
上尾市図書館は、市議会でも問題になった「ガラスブロック落下防止工事」の関係でつい先日ま
12日間臨時休館でしたが、図書館利用者にとっては「休館日」がいつなのかが気になります。

■「休館日」から見えてくる「上尾市図書館の真実」
 上尾市図書館は、通常月曜休館で、それ以外(年末年始など)は図書館のHP等で通知されています。その他の理由(上述のような館内工事など)の際は、イレギュラーな形での臨時休館となります。
少し前になりますが、2019.05.01(新天皇即位日)を、上尾図書館は休館日としました。
上尾の図書館だより「はる号(4・5・6月号)」の 「図書館カレンダー」には、「5月1日(水・天皇即位の日)は全館休館します」とだけあり、これが表向きの「理由」のようでした。貸出のカウンターにも同様のメモが置いてあり、係の方からは「5月1日は休館です」と口頭で告げられただけでした。
 調べてみると、近隣市町の05.01
の開館状況は、さいたま市(改修中1館を除く)、桶川市、伊奈町、川越市、県立図書館(久喜・熊谷)いずれも開館。
「天皇即位日」との理由で休館としたのは、草加市(志木市も休館でしたが、その理由は「館内整理のため」)。
つまり、県内の図書館がおしなべて05.01を休館としたのではないのです。
 きちんとした理由を知りたいので、情報公開請求により、起案・決裁文書等の開示を求めました。

■休館の「本当の理由」は、カウンター業務にあたる職員のシフトの問題 
 公開された「起案・決裁文書」により、次のような事実が判明しました。

(1)上尾市図書館規則に従えば、2019.4.23から05.12まで連続で20日間開館することになり、今までそのような長期連続開館の前例は無い。

(2)カウンターの業務は「上尾市都市開発株式会社」と委託契約を締結し、同社スタッフ(全員女性)が従事している。図書館に勤務の傍ら、育児や介護にあたる者が少なくない。

(3)05.01を休日とする法律の付帯決議に、「当該期間中の長時間労働の抑制」が言及されている。

(4)連休中は帰省等によりシフト勤務できるスタッフ数が限られる。

(5)「上尾市都市開発株式会社」からは、当該期間中の勤務ローテーションを組むには困難な部分がある旨、相談が寄せられている。

 以上のことから、05.01は「天皇即位の日」だから休館にしたわけではなく、カウンター業務にあたるスタッフの勤務シフトの問題であったのです
ここには≪上尾市図書館が非正規のスタッフに頼らざるを得ない≫という、図書館利用者には見えにくい「上尾市図書館の真実」が見えてきます。

■上尾市教委は、非正規職員に依拠しなければならない実態を検証すべき 
 上尾市図書館規則で「(図書館長は、特別の事情があるときは)臨時に休館日を定めることができる」とされていることから、今年の長期連休については、4/305/7を休館にすべきであったのではないでしょうか(今さら遅いですが)。
上尾市図書館を、利用者のためにこれからどのようにしていったらよいのかを考えるとき、職員や現場スタッフの問題を抜きにして図書館のあり方を論じることはできないと思われます。
 そのためには、市民のための社会教育を担う役割がある上尾市教育委員会は、現在のような非正規職員に依拠せざるを得ない実態をすぐにでも検証すべきであり、市民の目線に立った図書館にしていくための努力をすべきです。
 利用者が情報や文化的資料、様々な文献等を入手しようとするときに、
知の集積としての「図書館」の果たす役割は重要です。
 実は、上尾市図書館には、今回触れた「休館日」以外の問題や課題も多々あります(たとえば、「レファレンス・サービス」の問題や、図書館非正規スタッフを束ねている「上尾市都市開発株式会社」にまつわる問題など)。それらのことについては別の稿で指摘し、問題提起していきたいと考えています。

 加えて、「非正規スタッフに依拠している」実態は、図書館に限ったことではなく、上尾市立学校の現場でも同様なことが起こっています。県費負担の教職員(正規職員)ばかりでなく、市費の臨時的職員や支援員(非正規職員)が今の学校を支えていると言っても過言ではありません。そのことについても後日お伝えしたいと思います。

上尾市は宮代町から学んでほしい ーこの差って何ですか?ー

記事No.13

■同じように「未来を語る住民」ですが…
 朝日新聞埼玉版に、興味深い記事がありました。デジタル版はこちら(有料記事のため、途中までしか読めません。念のため)
内容は、宮代町で「まちの将来を考えるワークショップに住民50人が参加した」というものです。

 宮代町のHPを見てみると、「未来のみやしろをみんなで考えています」という報告が掲載されています。

(以下、宮代町HPより)

 615日と22日の2日間にわたり、「宮代町の10年後を話し合うワークショップ2019」を進修館大ホールで開催しました。参加したのは17歳から88歳までの町民50人と総合計画審議会の委員7人の計57人。
 45人のテーブルに分かれ、それぞれのテーブルごとに同じテーマで話し合う「ワールドカフェ」という話し合いの手法で、町の魅力や町を良くするためにできることについて話し合いました。
 ワールドカフェには町長も参加。2日間にわたり、テーブルのメンバーを変えながら、今の宮代町を見つめなおしたり、未来の宮代町が今よりもっと元気になるために必要な「取り組み」について、話し合いを重ねました。ワークショップでは、世代の違う人との会話をきっかけにいろいろなアイデアが広がりました。

 これを読んだだけで、素直に
 「
ああ、宮代町はいいなぁ」
という感想をもちました。
まさに「住民の代表」が自由に話をし交流している姿が目に浮かぶからです

■上尾市と宮代町。同じテーマでも…
◇会合の名称
上尾市……「あげお未来創造市民会議」
宮代町……「宮代町の10年後を話し合うワークショップ2019」
◇市民・町民の選び方
上尾市……市内各種団体から22名(団体の大半は市から補助金を受けています)+3名(市政の各分野において豊富な活動経験を有するもの。ただしその括りは「元小学校教諭」など、非常にアバウト)+5名(市民公募。内3名は上尾市との親和性が極めて高い人物)。市民公募委員には「小論文」を課しており、その選考経過は不透明です。
第2回までの進行は民間のリサーチ会社に丸投げ。
宮代町……町が16歳以上の町民約3万人から年代別に無作為抽出して送った案内状に応じた人たち。高校生、大学生の若者からビジネスマン、子育て中の働くママ、定年後のシニアと顔ぶれは多彩。町長自らもワークショップに10時間参加したそうです。

 このように、上尾市と宮代町との決定的差異は、「市(町)民の選び方」です。
住民の方たちが話し合った結果は、全て生かされるわけではなく、参考にするという点では上尾市も宮代町も同様なので、少なくとも「住民の選び方」という点では、宮代町に軍配が上がるでしょう。
こうしてみると、上尾市の「発想の貧困」「柔軟性が無いこと」が一層際立つのではないでしょうか。

 

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